1月28日 年間第4主日B年 (マコ1,21-28)

「人々は皆驚いて、論じ合った。『これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。』イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった。」マコ1,27-28

イエスは、他の人よりも大きな力を示したので、彼の評判が早く広まって、大勢の人々がイエスのもとに集い、イエスに従うようになりました。けれども、イエスが逮捕された後に、ほとんど皆がイエスから離れてしまいました。イエスを逮捕した人たちの方が、イエスより大きな力を持っていると思うようになった人たちは、イエスを迫害していた権力者の味方になって、権力者らが望んだ通りにイエスの死刑を請求したのです。

この人たちは、イエスから自分の利益になると思うようなものしか求めませんでしたので、イエスと出会っても、イエスの行いや言葉の意味をまったく理解せず、イエスの真の素晴らしさを見出すことができませんでした。結果的に、イエスに対して心を開かずに、イエスが彼らに一番与えたかった賜物、一番価値のあるもの、すなわち、神の愛と神の命を受け入れることができなかったのです。

けれども、イエスが権力者たちに負けたように見えても、十字架に付けられて何もできないようになっても、そのイエスのもとに最後までとどまった人もいました。彼らはイエスを愛していましたので、彼らがイエスに従ったのは、何らかの報いを手にするためではなく、イエスと共にいるため、また、イエスに奉仕するためでした。彼らは愛の目で見たので、イエスの力強い行いにおいても、イエスの受難や十字架の死においても、無限の愛を、あらゆる悪と死よりも強い愛を、見出すことができましたし、この愛を受け入れることができたのです。

イエスに従っている私たちは、絶えず自分の動機を調べ、必要に応じてこの動機を正すようにしなければなりません。なぜなら、愛のためにイエスに従う人だけが、どれほど大きな力によっても消し去ることのできない絆でイエスと結ばれ、永遠の命にあずかり、この地上においても死を超えてもなお、本当に豊かに生きることができるからです。