四旬節第5火曜日 (ヨハ8,21-30)

「イエスは言われた。『あなたたちは、人の子を上げたときに初めて、「わたしはある」ということ、また、わたしが、自分勝手には何もせず、ただ、父に教えられたとおりに話していることが分かるだろう。』」ヨハ 8,28

頑なな心の人々は、イエスの身分も、神の救いの計画も見分けることができなかったがゆえに、イエス・キリストを十字架に付けて殺してしまいました。けれども、全能の神はキリストの十字架によって、キリストの身分をさらに力強く表してくださったと同時に、罪を犯すことの愚かさと人間に対する変わることのないご自分の愛をも表してくださったのです。

ますます多くの人々が、十字架上のキリストの姿において、犯している自分の罪の最終的な結果と同時に、神の愛の偉大さを見出すことができますように。そして回心して、イエスを受け入れることによって罪の結果から救われて、イエスがおられるところに入り、イエスと救われたすべての人々と共に、永遠に生きることができますように祈りましょう。

救いの源である神よ、
あなたに仕える民を顧み、
いつくしみのうちに強めてください。
この恵みの時に、教会が新しい兄弟を迎え、
聖霊のうちに力強く成長することができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。

3月19日 聖ヨセフ (マタ1,16.18-21.24a)

「ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ、男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。そして、その子をイエスと名付けた。」マタ1,24-25

神に信頼されて、神の御ひとり子とその母マリアを保護するという特別な使命を与えられたヨセフは、直面していた問題を神に解決してもらうようにしていたのではなく、まず自分の知恵と力を尽くして、正しくて最善と思った方法で、この問題を解決しようとしました。けれども、彼は神に向かって絶えず心を開いていましたので、神の導きを見出したら、自分の考えも自分の計画も諦めて、この導きに従ったのです。

私たちは聖ヨセフに倣って、もうすでにいだたいている知恵と力を尽くしながらも、自分の考えや計画ではなく、神の導きと神の計画を優先して、与えられた使命を全うすることによって、多くの人々に神ご自身の愛と命を伝えることができますように祈りましょう。

すべてを治められる父よ、
あなたは救いの神秘の夜明けに、
聖ヨセフをキリストの忠実な守護者に立てられました。
聖人の祝日を祝う教会が、
その祈りに支えられて、
救いのみわざの完成に役立つことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

四旬節第4土曜日 (ヨハ7,40-53)

「この言葉を聞いて、群衆の中には、『この人は、本当にあの預言者だ』と言う者や、『この人はメシアだ』と言う者がいたが、このように言う者もいた。『メシアはガリラヤから出るだろうか。メシアはダビデの子孫で、ダビデのいた村ベツレヘムから出ると、聖書に書いてあるではないか。』」ヨハ7,40-42

イエスがガリラヤの出身であるからとか、祭司長たちやファリサイ派の人々の中にイエスを預言者やメシアとして認めている人がいないから、イエスを信じてはいけないと語った祭司長たちやファリサイ派の人々は、イエスが実際にナザレではなく、ベツレヘムで生まれたこと、議員の中にもイエスを信じている人がいたことを知りませんでした。けれども恐らく、この事実を知っていても、イエスを信じない別の理由を考え出したでしょう。実際に、彼らがイエスを認めたくなかったのは、彼らの心が閉ざされていて、自分たちの罪や生き方を正す必要性を認めることができなかったからです。

心を開いて、イエスを神が遣わしてくださったすべての人々の救い主として認め、罪から解放されて、愛に生きる人々がますます増えますように祈りましょう。

すべてを治められる神よ、
あなたの恵みがなければ、
だれもみこころに適うことができません。
いつくしみに依り頼むわたしたちを支え、
導いてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。