「すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。『これはわたしの愛する子。これに聞け。』」マコ 9,7
非常に多くの人々は、とても単純な規則に従って生きているようです。それは何かというと、楽しみや愉快をできる限り増やすことと、悲しみや苦痛をできる限り減らすことなのです。恐らくそのような生き方によって、できる限りの幸せな人生を送れるものと思っているのでしょう。けれども、実際に楽しいものであっても、人に害を与えるものもあれば、苦しみが伴っても、人間のために良いものがあります。幸福を求めてこのような規則に従って生きる人は、害を招いたり、善を拒否したりして、結果的に不幸になっても不思議ではないと思います。
イエスは全く違う規則、決断や選択の違う基準を私たちに与えてくださいます。この基準というのは、楽しみや愉快でもなければ、悲しみや苦痛でもありません。それは愛、つまり隣人のために善を求めることなのです。
確かに人が、この規則に従って愛に生きるなら、大きな喜びを体験することもあれば、大きな悲しみや苦しみを体験することもあります。けれども、この人はどんな目にあっても、愛し続けることができるならば、出会ったすべての人のためにいつも善を行い、必ず人間として成長しますし、そして、何よりも重要なこととして、人間の真の幸福の源である神に近づき、神との絆をますます強めるのです。これこそ、この人にとっても、この人が会う他者にとっても、最善の生き方になるのです。
聖なる父よ、 あなたは「愛する子に聞け」とお命じになりました。 みことばによってわたしたちを養ってください。 信仰の目が清められて あなたの顔を仰ぎ見ることができますように。 聖霊の交わりの中で、 あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、 わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。
