「それから、イエスは皆に言われた。『わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。』」ルカ9,23
イエス・キリストが苦しみと十字架上の死を受けたのは、神の子であるという事実を否定しなかったから、また、すべての人々に対する神の無条件の愛を現し、この愛を人々に伝えるという使命を、どんな状況においても忠実に果たしていたからです。
洗礼を受けたことによって神の子どもになった私たちは、イエスに倣って、いつも神の子の身分に相応しく生きることによって、与えられた使命を果たすことができますように祈りましょう。
万物の造り主である神よ、 あなたの恵みでわたしたちの行いを導き、 一日の働きを支えてください。 すべての仕事があなたのうちに始まり、 あなたによって実を結びますように。 聖霊の交わりの中で、 あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、 わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。

「施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。あなたの施しを人目につかせないためである。そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。」マタ6,3
「イエスはそれに気づいて言われた。『なぜ、パンを持っていないことで議論するのか。まだ、分からないのか。悟らないのか。心がかたくなになっているのか。目があっても見えないのか。耳があっても聞こえないのか。覚えていないのか。』」マコ8,17-18