12月24日 (ルカ1,67-79)

「幼子よ、お前はいと高き方の預言者と呼ばれる。主に先立って行き、その道を整え、主の民に罪の赦しによる救いを/知らせるからである。これは我らの神の憐れみの心による。この憐れみによって、/高い所からあけぼのの光が我らを訪れ、暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、/我らの歩みを平和の道に導く。」ルカ1,76-79

今日、待降節の最後の日に読まれるザカリアの言葉によって神ご自身が、人類の待降節、つまり救い主の来臨を待つ期間が終わったことを宣言されます。

私たちは、主のご降誕祭を祝うこと、つまりイエス・キリストの誕生と同時に、救い主の来臨を記念することを通して、イエス・キリストにおいて神ご自身がもうすでに私たちを訪れて、私たちの絶望的な状態を希望の光で照らしてくださり、平和、つまり永遠に続くシャロームという、神との愛の交わりである完全な至福への道を、整えてくださったことを想い起し、この恵みを感謝しながら、私たちがこの道を歩むことができますように。そして、ますます多くの人に神の招きを伝え、この道に導くことができますように祈りましょう。

主イエズスよ、早く来てください。
あなたの愛に信頼を置く人々が、
あなたを迎えて力づけられ、
喜びに満たされますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

12月23日 (ルカ1,57-66)

「父親は字を書く板を出させて、『この子の名はヨハネ』と書いたので、人々は皆驚いた。すると、たちまちザカリアは口が開き、舌がほどけ、神を賛美し始めた。」ルカ1,63-64

ザカリアは天使が伝えた神の約束を信じなくても、神は約束通りに、ザカリアに息子を与えてくださいました。集まった人々に逆らって、生まれた子に天使が命じた通りにヨハネという名前を付けると宣言したときに、ザカリアは信仰と従順を示したわけです。その結果として、ザカリアの口が再び利くようになって、前よりも力強く神を賛美し、神の素晴らしい働きを証言することができるようになったのです。

人間が神の言葉を信じなくても、それに従わなくても、神はご自分の救いの計画を必ず完成させてくださいますので、ますます多くの人が神の力強い働きを見出し、神を信頼するようになり、神ご自身を受け入れることによって、救いにあずかることができますように祈りましょう。

光の源である父よ、
御ひとり子の降誕の祝いを前にして祈ります。
おとめマリアによって人となり、
わたしたちのうちに住まわれたみことばが、
豊かないつくしみを注いでくださいますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

待降節第4主日B年 (ルカ1,26-38)

「マリアは言った。『わたしは主のはしためです。 お言葉どおり、この身に成りますように。』」ルカ1,38

待降節の最後の主日の第二朗読として、聖パウロのローマ人への手紙の最後の言葉が読まれます。パウロは、読者の心に信仰を起こすために、この手紙の中で福音、すなわち、神の秘められた計画を伝えたと書きました。

ローマ人への手紙の中にパウロは、幸せになろうとして人間的な知恵に頼る異邦人たちの姿と、律法にかなう自分の行いに頼るユダヤ人たちの姿を描いてから、両者の努力が無駄であると述べます。幸いに、人間にできないことが沢山あっても、「神にできないことは何一つありません」とパウロが断言しています。

パウロが伝えた福音とは、神がイエス・キリストにおいて、預言者たちを通して与えてくださったすべての約束を成就し、すべての人々のための救いのわざを成し遂げてくださったということなのです。神は、人間の最高の幸福となるこの救いを、すべての人に与えたいと望んでおられるので、今パウロの言葉によって、この賜物を受けるようにと呼びかけておられるのです。救いにあずかるためには、この呼びかけに応えて、神の賜物を受け入れる必要があります。それは実際に、自分自身の力だけで自己を救おうとする無駄な努力をあきらめて、神の導きに従って生きることを意味します。それは、人間が神を信じているとき、つまり自分や他の人よりも、神を信頼しているときだけに可能なことなのです。

イエスの母となったマリアは、そのような信仰に基づく生き方の最も完全な模範を示しています。マリアは自分の理性や善行よりも、神の知恵と神のいつくしみ深い愛に頼って生きていました。マリアのように、私たちが心を開いて、聖霊を受けるとともに神の愛と神の命を受け入れるならば、私たちは大きな喜びと平和に満たされるだけではなく、神が私たちの中で、また、私たちを通して偉大なわざを成し遂げ、多くの人を生かしてくださるに違いないのです。

恵み豊かな父よ、
わたしたもの心にいつくしみを注いでください。
みことばが人となられたことを信仰によって知ったわたしたちが、
御子の苦しみと死を通して
復活の栄光にあずかることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。