年間第25火曜日 (ルカ8,19-21)

「イエスは、『わたしの母、わたしの兄弟とは、神の言葉を聞いて行う人たちのことである』とお答えになった。」ルカ8,21

30年間、マリアのもとで家庭生活をされたイエス・キリストは、家族の絆が非常に大事なことであると示してくださいましたが、この世のものである家族の絆よりも、永遠に続く信仰と愛による絆の方こそが大事であると教えてくださったのです。

私たちは、父である神を信頼し、愛するがゆえに、神の言葉に耳を傾け、それに従って生きることによって、イエス・キリストと結ばれている絆を深めると同時に、キリストと繋がっていることによって神の家族になった他の人々との絆を強めることができますように祈りましょう。

すべてを照らしてくださる神よ、
あなたは、暗やみにさまよう人たちがまことの道に立ち帰るように、
真理の光を輝かせてくださいます。
洗礼を受けたすべての人が、信仰に反することを退け、
キリストに従って生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第25月曜日 (ルカ8,16-18)

「ともし火をともして、それを器で覆い隠したり、寝台の下に置いたりする人はいない。入って来る人に光が見えるように、燭台の上に置く。」ルカ8,16

ともし火は、周りを照らしているときにのみ、つまり、自分のためだけではなく、自分以外のもののためにも存在しているときだけ、その存在に意義と価値があります。それと同じように、イエス・キリストの弟子、また、愛である神の子になった私たちの言葉や行い、私たちの人生全体は、私たち以外の人のためになっているときだけ、それには意味があり、価値があるのです。

ご自分のすべてを私たちと分かち合い、全力を尽くして私たちを生かしてくださる父である神に感謝しながら、父である神に倣って、いただいているすべての恵みを他の人と分かち合うことによって、父である神ご自身の愛の素晴らしさを示し、多くの人々の人生を照らすことができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
あなたは聖なる司祭ピオをキリストの十字架の恵みにあずからせ、
その奉仕をとおして神のいつくしみの偉大さを表してくださいました。
聖人の取り次ぎによって、
わたしたちがキリストの受難に固く結ばれ、
復活の栄光へと導かれますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
いつくしみ深い父よ、
あなたはわたしたちを選び、光の子としてくださいました。
わたしたちが罪のやみに迷うことなく、
いつも真理の光のうちに歩むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

9月24日 年間第25主日A年 (マタ20,1-16)

「自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。」マタ20,15

常識的に考えれば、二人の人が全く同じ仕事をしている場合は、長く働いた方がより大きな報酬をもらうことが正しいことですが、イエスのたとえの中に登場する労働者は、長く働いても短く働いても、皆全く同じ報酬をもらいます。一番長く働いた人が不満を言っても不思議ではないでしょう。

けれども、イエスは人間の正義について語るのではなく、神の正義について語っておられます。もし、神の正義感が人間の正義感と同じならば、誰が神の国に入り、神の命にあずかることができるのでしょうか。聖パウロが言っている通り、「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなって」(ロマ 3,23)いるからです。

幸いに、神の正義は人間の正義と全く異なるものです。神にとって本当に正しいことというのは、善に相応しい報いを与え、悪に相応しい罰を与えるということではなく、神の望みが実現されることで、神の約束が成就されることなのです。

実は、永遠の命とは、人間の良い行いのための報いではなく、神の無償の賜物なのです。そして、聖パウロが言っている通り、「神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます。」(1テモ2,4)。要するに、神は気前の良い方ですので、この最高の賜物をすべての人に与えたいと望んでおられるのです。

私たちは、この賜物を受けているかどうか確認したいならば、自分の行いを見つめる必要があります。なぜなら、救いの賜物を受けるとは、神の愛と命と共に、神ご自身を受け入れること、神の愛の内に、神と共に生きることであるからです。従って、私たちの行いがどれほど、神と完全に一致しておられたイエス・キリストの行いに似ているかということを見分けることによって、私たちがどれほど神の賜物を受けているかということが分かるわけです。

ひとり子を与えるほど世を愛された父よ、
あなたは愛のおきてによって、
すべてを完成に導いてくださいます。
わたしたちが互いに愛し合うことによって、
人々にあなたの愛をあかしすることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。