年間第24火曜日 (ルカ7,11-17)

「イエスは、『若者よ、あなたに言う。起きなさい』と言われた。すると、死人は起き上がってものを言い始めた。イエスは息子をその母親にお返しになった。人々は皆恐れを抱き、神を賛美して、『大預言者が我々の間に現れた』と言い、また、『神はその民を心にかけてくださった』と言った。」ルカ7,14-16

キリストを通して父である神は、すべての人々に体の復活を約束してくださったので、どんな人でも、復活するという確信を持つことができます。従って、肉体的な死よりも霊的な死を、つまり、復活しても神からと同時に愛している人々から、永遠に離れる状態を恐れる必要があるのです。

私たちは、イエス・キリストによって父である神とのますます深い交わりのうちに生き、神が私たちの中で、また私たちを通して、ますます自由に、ますます力強く働き、霊的な死に向かって生きている人に、特に意識的に神から離れ罪に生きている人や、自分に対する神の計画を無視して、何の目的もない人生を送っている人に、そして、いろいろな不幸を体験して、神の愛と力を疑って絶望に陥った人に、ご自分の命を吹き込んでくださるように祈りましょう。

すべてを一つに集めてくださる父よ、
信じる人々が、
あなたにふさわしい礼拝をささげることができるのは
あなたの恵みによるものです。
今ここに集まっているわたしたちが、
約束された国に向かってともに歩むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第24月曜日 (ルカ7,1-10)

「百人隊長は友達を使いにやって言わせた。『主よ、御足労には及びません。わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。ですから、わたしの方からお伺いするのさえふさわしくないと思いました。』」ルカ7,6

百人隊長は、確かに素晴らしい信仰を持っていましたが、まだキリストの愛を知りませんでした。ローマ人であった百人隊長だけではなく、誰一人として、神の子であるイエス・キリストに近づくのに、また、お願いするのに相応しくないのです。それにもかかわらず、私たちが恐れずにイエスのところに近づき、イエスに自分の願いを表すことができるのは、イエス・キリストが私たち一人ひとりに対する愛のゆえに、それを許してくださり、またそれを求めておられるからです。

イエスの力と愛を知った私たちは、信仰と確信を持って、イエスの助けを必要としている人々のために取り成すことができますように祈りましょう。

全能の神よ、聖コルネリオと聖チプリアノは、
牧者として献身的に尽くし、
不屈の殉教者としていのちをささげました。
聖人の取り次ぎを求めるわたしたちの信仰と勇気を強め、
教会の一致のためにたゆまず働く力をお与えください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
喜びの源である父よ、
あなたに感謝をささげるために、
わたしたちはここに集まっています。
キリストの復活を信じるわたしたちが、
日々の仕事を通して
神の国のあかしとなることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

9月16日 年間第23土曜日 (ルカ6,43-49)

「善い人は良いものを入れた心の倉から良いものを出し、悪い人は悪いものを入れた倉から悪いものを出す。人の口は、心からあふれ出ることを語るのである。」ルカ6,45

人間が行う大きな善にも、大きな悪にも歴史があります。私たちは、日常生活において何を見るか、何を聞くか、何を読むか、誰と接するか、何を話すか、何をするかというような選択によって、この歴史を作りあげるのです。

私たちは、いつもイエス・キリストと共に生き、イエスの言葉に耳を傾け、イエスに倣って善を行うことによって、キリストを自分の人生の土台にすることができますように。そして、私たちの人生が良い実を結び、多くの人を生かすものとなりますように祈りましょう。