9月17日 年間第24主日A年 (マタ18,21-35)

「そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。『主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。』イエスは言われた。『あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。』」マタ18,21-22

私たちは、自分の体を傷付けたら、この傷の大きさに応じて相応しい手当をしなければ、この傷が治らないし、私たちは普通の生活に戻ることができないと知っているので、その通りに手当するのは常識でしょう。

体の傷に関する常識は、残念ながら、精神的な傷に対しては常識になっていません。というのは、殆どの人は、精神的な傷を負わされた後に、この傷を手当する代わりに、この傷を軽んじたり、忘れようとしたりすることによってそれを放っておくか、この傷を負わせた体験をいつも思い起こしたり、これについていろいろな人に話したりすることによって、この傷を常にいじるか、どちらかだからです。両方の場合とも、傷が治らないし、私たちは、前の生活に戻ることもできません。おそらく、多くの人がこのような態度をとるのは、自分が出逢った悪があまりにも大きくて、相手をゆるすことも、受けた傷が治ることも不可能であると考えて、前の生活に戻る希望が持てないからでしょう。

確かに、精神的な傷の癒えることは、体の傷の癒えることよりも難しく、大きな努力や長い時間がかかることもありますが、私たちは、この傷やそれを負わせた苦しい体験をキリストの目で見ることができるならば、癒える過程を早めることができます。

キリストにとって最も大切な宝とは、父である神との愛の交わりでした。そして、イエスは神の愛をよく知っていたので、悪が人間からいろいろな大切なものを奪い取ることができても、決して神の愛を奪い取ることはできないし、神との愛の交わりを滅ぼすこともできないという確信を持っていました。それから、神はもっとも恐ろしい悪を、この悪の攻撃を受けた人との愛の交わりを深めるために用いることができると知っていました。ですから、イエスはどんな大きな悪と出逢っても、すべてを父である神にゆだねることができたがゆえに、受けた傷はすぐに治りましたし、イエスの愛、神に対する愛も、悪を行った人に対する愛も深まっていったのです。

天地万物を造り、治められる全能の神よ、
あなたの民を顧みてください。
わたしたちが救いの力を知り、
心を尽くしてあなたに仕えることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

9月15日 悲しみの聖母 (ヨハ19,25-27)

「イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、『婦人よ、御覧なさい。あなたの子です』と言われた。」ヨハ19,26

たとえ聖母マリア本人は、十字架に付けられなかったとしても、最後までイエス・キリストに従い、犯罪人扱いされたイエスの母であることを隠さずに十字架のもとに立つことによって、彼女自身もキリストの苦しみにあずかりました。そして、大きな悲しみと苦しみをもたらしていたこの状態においても、聖母マリアは信仰と希望を抱き、すべてを父である神にゆだねることによって、キリストと同じように自分の苦しみをいけにえに変え、自分自身を神に奉献し、最高の愛を表したのです。

救い主の母としての使命を全うされ、キリストの弟子、神の子となり私たちの母になる使命を与えられたマリアの模範、助けと取り次ぎに支えられて、私たちも、あらゆる状況において、キリストに忠実に従い、与えられた使命を果たすことによって、すべてを父である神にささげ、多くの人のために神の愛と命を伝えることができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
聖母マリアは十字架のもとに立ち、
御子イエスと苦しみをともにしました。
教会が、聖母とともに御子の苦しみに結ばれて、
その復活にもあずかることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

9月14日 十字架称賛 (ヨハ3,13-17)

「そして、モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。」ヨハ3,14-15

昔と同じように、現在においても、キリストの十字架は多くの人にとって愚かなもの、つまずかせるもの、自分の人生と何の関係もないと思われるものです。けれども、イエス・キリストを知った私たちにとって、その十字架は、神の愛のもっともすぐれた啓示、永遠の命の源、人間を神のもとに引き寄せる一番大きな力なのです。

十字架称賛を祝うことによって、残酷で不正な死刑であった十字架を、それだけ大きな恵みに変えてくださったイエス・キリストに感謝しながら、私たちもキリストの十字架において、神の無条件の愛を見出して、力付けられ、自分自身の十字架を、神の愛と神の命を多くの人々に伝えるものに変えることができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
あなたは人類の救いのために、
御ひとり子が十字架をになうようにお定めになりました。
十字架の神秘を信じるわたしたちが、
永遠にその勝利にあずかることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。