6月18日 キリストの聖体A年 (ヨハ6,51-58)

「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。」ヨハ6,56

神はイエス・キリストにおいて、ご自身を全ての人の手に渡してくださいました。それは一人ひとりの人が、イエス・キリストを受け入れることによって神を受け入れるためであり、イエス・キリストに自分自身をささげることによって、神に自分自身を与えるためなのです。このように、互いに与え合い、受け入れ合うことによって、人と神が結び付き、最終的に両者が一体となるためです。この一致こそが永遠の命であり、完全な幸福の状態なのです。

ミサの時、聖体拝領することによって、私たちはイエス・キリストを受け入れます。同時に、イエスに従いイエスに倣って生きることによって、自分自身をイエスにささげるという洗礼の約束を更新します。ミサの時に受け入れたイエス・キリストを、日常生活においてどのように扱っていますか。イエスが自分の生活の一番大事な方になって、生活の中心となっているのでしょうか。イエスに従い自分自身をイエスにささげるという約束を、どのように果たしていますか。

ミサに限らず日常生活の中でも続けられているイエス・キリストとの交わりによって、イエスへの愛が深まり、イエスとの一致が私たちの内で深まっていきますように祈りましょう。

恵み豊かな父よ、御子キリストは、
その死を記念するとうとい秘跡を教会に残してくださいました。
主のからだを受け、救いの力にあずかるわたしたちが、
主の死を告げ知らせることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第10金曜日 (マタ5,27-32)

「あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである。」マタ5,27-28

   人間には、他の人の善のために、自分のすべてをささげ、自分自身を犠牲にする権利があります。それこそ最高の愛の実践なのです。しかし、人間には、自分の利益のために他の人を利用したり、犠牲にしたりする権利はありませんし、そのような行いは愛と正反対のもので、他人に害を与えるだけではなく、最終的に本人にも害をもたらすものなのです。

私たちはイエス・キリストに倣って、他の人のために生きることによって人間として成長し、キリストのように完成されますように祈りましょう。

すべてを治められる神よ、
あなたに祈り求める民を顧み、
尽きることのないいつくしみを注いでください。
あなたの似姿に造られた人々が救いの恵みを受け、
新しいいのちのうちに歩むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第10木曜日 (マタ5,20-26)

「あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい。」マタ5,23

   負わされた不正に対して復讐する、つまり、悪に悪を返すという悪循環を破るために、被害者側からの無条件のゆるしが必要ですが、加害者が自分の悪事を認めたうえで、被害者に謝ることは、このゆるしの促進につながるでしょう。

私たちは、どんな理由であっても誰かに対して不正を行うことがあれば、自己を正当化したりするのではなく、イエスの教えに従って反省して、私たちが傷つけた人に素直に謝ることができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
あなたはパドアの聖アントニオを選び、
すぐれた説教師、困難な時の助け手としてくださいました。
わたしたちが聖人の教えと模範に従い、
いつもあなたの支えを見いだすことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
ひとり子を与えるほど世を愛された父よ、
あなたは愛のおきてによって、
すべてを完成に導いてくださいます。
わたしたちが互いに愛し合うことによって、
人々にあなたの愛をあかしすることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。