14日(日)受難の主日
15日(月)受難の月曜日
16日(火)受難の火曜日
17日(水)受難の水曜日
18日(木)聖木曜日
19日(金)聖金曜日
20日(土)聖土曜日

キリストの光をすべての人々に
「『されこうべ』と呼ばれている所に来ると、そこで人々はイエスを十字架につけた。犯罪人も、一人は右に一人は左に、十字架につけた。そのとき、イエスは言われた。『父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。』」ルカ23,33-24
イスラエルの長老たちや祭司長、また、律法学者たちは、自分たちが慣れ親しんでいた生き方を守るために、イエス・キリストを犠牲にすることにしました。ローマの総督であったピラトも、自分を守るために、自分の判断に逆らって、イエスに死刑の判決を下したのです。この人々は、特別に悪い人であったというよりも、程度が違っても、非常に多くの人々の生き方、つまり、自己中心的で、他の人に害を与えても、自分の利益のみ求めている人々の生き方を表しているのです。
イエス・キリストは、それと全く異なる生き方をされることによって、私たちに、父である神が求めておられる生き方、人間にとって最善で、人間を生かす生き方を表してくださるのです。イエスは、苦しみや死を前にしても、自分の身分を否定することなく、父である神から与えられた使命を裏切ることがありませんでした。大きな苦しみの最中にあっても、ご自分のことよりも他の人のことを考え、ご自分の利益のために他の人を利用することなく、ご自分が損をしても、苦しんで命を失うことがあっても、他の人のために真の善を行っていました。つまり、どんな状況にあっても、どんな結果が生じても、イエスは必ず、神と隣人に対する愛に生きていたわけです。
私たちは、イエス・キリストが示してくださった神ご自身の愛に力付けられて、どんな状況においても、愛に生き、善を行うことによって多くの人々を生かすと同時に、自らもまた神ご自身の愛と命にあずかって、永遠に生きることができますように祈りましょう。
全能、永遠の神よ、 あなたは人類にへりくだりを教えるために、 救い主が人となり、十字架をになうようにお定めになりました。 わたしたちが、主とともに苦しみを耐えることによって、 復活の喜びをともにすることができますように。 聖霊の交わりの中で、 あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、 わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。
「イエスは再び言われた。『わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。』」ヨハ 8,12
人間が長い間暗闇に留まると、光を求めても、明るみに出るのを怖がるようです。同じように、罪に生きている意味で、霊的な暗闇に生きている人は、心の奥深い所で、正しく生きる意味で光を求めても、罪の束縛から自由になることや正しい生き方を身に付けることに伴う、労苦や他の苦しみを恐れているために、霊的な暗闇に留まるのです。
キリストの光を受け入れた人々が、この恵みに忠実に生きることによって、イエス・キリストとともに光に生きることの素晴らしさを表して、暗闇に留まっている人を勇気づけ、世の光であるキリストのもとに導くことができますように祈りましょう。
恵みの源である神よ、 豊かな祝福でわたしたちを満たしてください。 わたしたちが、日々罪に死んで新しいいのちに生き、 栄光の現われを待ち望むことができますように。 聖霊の交わりの中で、 あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、 わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。