年間第8土曜日 (マコ11,27-33)

「イエスは言われた。『では、一つ尋ねるから、それに答えなさい。そうしたら、何の権威でこのようなことをするのか、あなたたちに言おう。ヨハネの洗礼は天からのものだったか、それとも、人からのものだったか。答えなさい。』」マコ11,29-30

正しさや真実ではなく、自分の都合や利益を最優先して生きていたがゆえに、洗礼者ヨハネが真の預言者であったことを認めなかった祭司長たちや律法学者たちは、イエスが神ご自身の権威で働いておられることを知らされても、この事実を認めることができなかったのです。

私たちは日常生活において、正しいと思うことや真実であると思うことに、できる限り忠実に生きることによって、まことの正義と真実そのものである神を知り、受け入れることができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
あなたの恵みは限りなく、
人の思いをはるかに超えて世界の上に注がれます。
わたしたちを罪の重荷から解放し、
まことの自由に導いてください。 
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第8金曜日 (マコ11,11-25)

「そして、人々に教えて言われた。『こう書いてあるではないか。「わたしの家は、すべての国の人の/祈りの家と呼ばれるべきである。」/ところが、あなたたちは/それを強盗の巣にしてしまった。』」マコ11,17

人間は、宇宙万物の創造主である神との愛の交わりに生きるために創造された存在であるという意味で、「祈りの家」になるように、つまり「神が臨在される神殿」になるように招かれているのです。神との関係を無視して自分の利益だけを求め、この世の富だけで豊かになろうとしている人々は、「祈りの家」になる代わりに、「強盗の巣」、または、実のない葉の茂ったいちじくの木のようなものになっているのです。

神と人間との間の唯一の仲介者であるイエス・キリストとの関係を深めることによって、父である神とのますます親しい交わりのうちに生きることができますように。そして、このような人生が結ぶ実によって私たちが豊かになると同時に、多くの人々が生かされますように祈りましょう。

 

年間第8水曜日 (マコ10,32-45)

「あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」マコ10,43-45

キリストの栄光にあずかりたい、また、神の国で偉くなりたいという望みは、非常に善いものですが、それを実現するために、この世の権力者のように、他人に仕えてもらったり他の人を利用したりするのではなく、イエスのように他の人に奉仕したり、他の人を生かすために犠牲をはらったりする必要があるということを、忘れてはいけないのです。

私たちはイエスに従い、イエスに倣って生きることによって、神の国の市民として、また、神ご自身の子どもとして成長し、完成されますように祈りましょう。

すべてを治められる神よ、
あなたは先にわたしたちを愛してくださいました。
この愛に支えられるわたしたちが、
いつも心から兄弟に仕えることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。