「イエスは言われた。『花婿が一緒にいる間、婚礼の客は悲しむことができるだろうか。しかし、花婿が奪い取られる時が来る。そのとき、彼らは断食することになる。』」マタ9,15
人間は、おいしく食べたり飲んだり、また、楽しく遊んだり、次々と欲しいものを手に入れたりすることによって、豊かに生きているような気持ちになれるかもしれませんが、実際にそのような騒がしい生活によって、自分の心の飢え渇きが見えなくなり、心の叫びが聞き取れなくなるだけで、結果的に自分自身を欺くだけなのです。
私たちは、以上の意味での「豊かな」生活をしているならば、少しゆっくりして、「貧しく」生きることによって静かになり、自分の心と向き合うことができますように。そして、人間の心と霊魂のために真の糧を与えることのできるイエス・キリストに従うことによって、真に豊かな人生を送ることができますように祈りましょう。
いのちの源である父よ、 わたしたちの回心の歩みを常に助け、支えてください。 受難節の務めを、真心をこめて果たすことができますように。 聖霊の交わりの中で、 あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、 わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。

「それから、イエスは皆に言われた。『わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。』」ルカ9,23
「施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。あなたの施しを人目につかせないためである。そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。」マタ6,3