年間第2土曜日 (マコ3,20-21)

「イエスが家に帰られると、群衆がまた集まって来て、一同は食事をする暇もないほどであった。身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。『あの男は気が変になっている』と言われていたからである。」マコ3,20-21

ある考え方や生き方が間違っていて、人に害を与えるものであっても、殆ど皆がこのように考え、このように生きているならば、それが普通と思われて、それと違うものは、普通ではない、変だと思われることでしょう。けれども、「気が変になっている」と言われても、創造主である神の望みに適って生きたイエス・キリストこそが、正常そのもので、健全で人間らしい生き方をしていたのです。

私たちは、どのように思われ、どのように言われ、どのようにされても、周りの人々の考え方や生き方に合わせるのではなく、イエス・キリストに倣って生きることができるように祈りながら、殉教者が持っていたような、大きな愛から生じる勇気の恵みを願い求めましょう。

 

年間第2金曜日 (マコ3,13-19)

「イエスが山に登って、これと思う人々を呼び寄せられると、彼らはそばに集まって来た。そこで、十二人を任命し、使徒と名付けられた。彼らを自分のそばに置くため、また、派遣して宣教させ、悪霊を追い出す権能を持たせるためであった。」マコ3,13-15

使徒たちと同じように、私たちもイエスと共に生きるように、また、イエスご自身の救いのわざにあずかるように招かれているのです。

私たちはこの招きに応えて、イエスと共に生き、イエスに忠実に従うことによって、父である神の愛と命にあずかり、神の愛と命を出会う人に伝えることができますように祈りましょう。

いつくしみ深い神よ、あなたは、
人々の救いのために聖フランシスコーサレジオを選び、
すべての人の友となる恵みを注がれました。
聖人の模範に励まされて、
わたしたちも人々に仕える者となり、
あなたの愛と寛容をあかしすることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第2木曜日 (マコ3,7-12)

「そこで、イエスは弟子たちに小舟を用意してほしいと言われた。群衆に押しつぶされないためである。イエスが多くの病人をいやされたので、病気に悩む人たちが皆、イエスに触れようとして、そばに押し寄せたからであった。」マコ3,9-10

イエスは、人の病気を癒すことによって、父である神の愛と人間に関する神の望みを現していました。ですから、開かれた心を持つ人なら、このようなイエスの行いから、神が人と和解し、愛の交わりに生きることによって人をあらゆる病気や他の苦しみだけではなく、罪の結果である死からも解放することを望んでおられるということが分かるのです。

残念ながら、非常に多くの人々が、病気の癒しという目の前にあった利益をあまり激しく求めたので、その与え主の望みも、神の愛を見出すこともなく、イエスを受け入れることも、父である神を受け入れることもまたできなかったのです。

私たちは、いただいている賜物において、その与え主の愛を見出すことができますように。そして、賜物と共にその与え主である神を受け入れて、愛の交わりのうちに永遠に生きることができますように祈りましょう。

いつくしみ深い神よ、あなたは、
人々の救いのために聖フランシスコーサレジオを選び、
すべての人の友となる恵みを注がれました。
聖人の模範に励まされて、
わたしたちも人々に仕える者となり、
あなたの愛と寛容をあかしすることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。