年間第24金曜日 (ルカ8,1-3)

「そのほか多くの婦人たちも一緒であった。彼女たちは、自分の持ち物を出し合って、一行に奉仕していた。」ルカ8,3

マグダラのマリアと他の多くの婦人たちがイエスに従ったのは、イエスから何らかの利益を求めたからではなく、イエスと使徒たちに奉仕をすることによって、既に頂いた恵み、悪からの解放や癒していただくことを感謝したいと思ったからです。そのためにこそ、彼女たちは、イエスが力強く活動をなさっていて、多くの人々から尊敬されたときだけではなく、もう何もできないと思われたときも、イエスの仲間であることが危険であったときにも、イエスに従いイエスのそばにいることができたのです。

私たちはこの婦人たちに倣って、既にいただいている恵みを思い出して、必要に応じてイエスに従う動機を正し、どんな状況においても、イエスに忠実に生きることによって、イエスに対する私たちの愛が完成され、私たちも、イエスの勝利と復活の喜びにあずかることができますように祈りましょう。

すべての民の救いを望まれる神よ、 
あなたは韓国の人びとをご自分の民とするために
不思議な道によって信仰に招いてくださいました。
また百三名の殉教者のあかしによって
この地の教会の土台を固めてくださいました。
聖人たちの模範と取り次ぎに支えられて、
わたしたちも死に至るまで
あなたのことばに従って生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第24水曜日 (ルカ7,31-35)

「では、今の時代の人たちは何にたとえたらよいか。彼らは何に似ているか。広場に座って、互いに呼びかけ、こう言っている子供たちに似ている。『笛を吹いたのに、/踊ってくれなかった。葬式の歌をうたったのに、/泣いてくれなかった。』」ルカ7,31-32

他の人の振る舞いや体験する出来事が思い通りにならない時、つまり期待外れである時に、それを悪いものとして決めつけることが多いのではないでしょうか。しかし、実際の問題は、他の人の振る舞いや出来事にあるのではなく、私たちの期待の方にある可能性もあるのです。

私たちは、他の人や神に対して持っている期待が、非現実的なものや根拠のないものであるときに、その事実を素直に認めることによって、その人や神を訴えるのを諦めて、相互の関係を正すことができますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、
あなたを深く愛する心をお与えください。
すべてにおいてあなたを愛し、
人の思いをはるかに越えたしあわせに
あずかることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

年間第24火曜日 (ルカ7,11-17)

「イエスは、『若者よ、あなたに言う。起きなさい』と言われた。すると、死人は起き上がってものを言い始めた。イエスは息子をその母親にお返しになった。人々は皆恐れを抱き、神を賛美して、『大預言者が我々の間に現れた』と言い、また、『神はその民を心にかけてくださった』と言った。」ルカ7,14-16

キリストを通して父である神は、すべての人々に体の復活を約束してくださったので、どんな人でも、復活するという確信を持つことができます。従って、肉体的な死よりも霊的な死を、つまり、復活しても神からと同時に愛している人々から、永遠に離れる状態を恐れる必要があるのです。

私たちは、イエス・キリストによって父である神とのますます深い交わりのうちに生き、神が私たちの中で、また私たちを通して、ますます自由に、ますます力強く働き、霊的な死に向かって生きている人に、特に意識的に神から離れ罪に生きている人や、自分に対する神の計画を無視して、何の目的もない人生を送っている人に、そして、いろいろな不幸を体験して、神の愛と力を疑って絶望に陥った人に、ご自分の命を吹き込んでくださるように祈りましょう。

すべてを一つに集めてくださる父よ、
信じる人々が、
あなたにふさわしい礼拝をささげることができるのは
あなたの恵みによるものです。
今ここに集まっているわたしたちが、
約束された国に向かってともに歩むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。