年間第17火曜日 (マタ13,36-43)

「イエスはお答えになった。『良い種を蒔く者は人の子、畑は世界、良い種は御国の子ら、毒麦は悪い者の子らである。毒麦を蒔いた敵は悪魔、刈り入れは世の終わりのことで、刈り入れる者は天使たちである。』」マタ13,37-39

信仰と愛によってイエス・キリストと結ばれた私たちは、「御国の子ら」として世界に遣わされています。

すべてのキリスト者は、日常生活において神の言葉に忠実に従い、与えられた使命を果たすことによって、より多くの人がキリストのもとに近づき、愛に生きるようになり、最終的に永遠の苦しみから救われますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、
あなたはわたしたちを選び、光の子としてくださいました。
わたしたちが罪のやみに迷うことなく、
いつも真理の光のうちに歩むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第17月曜日 (マタ13,31-35)

「イエスはこれらのことをみな、たとえを用いて群衆に語られ、たとえを用いないでは何も語られなかった。それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。『わたしは口を開いてたとえを用い、/天地創造の時から隠されていたことを告げる。』」マタ13,34-35

私たちが体験している現実と、イエス・キリストが現してくださる神の現実とは全く異なっていますので、イエスの教えに基づく神についての私たちの考えや想像を神ご自身と比較すれば、私たちの考えや想像は陰に等しいものになります。しかし、私たちの神についての考えや想像が、取るに足りないものであっても、それに私たちの心の中で神に対する愛を起こし、神を求めさせる力があるならば、陰ではない神の現実そのものは、どれほど素晴らしいことなのでしょうか。

私たちの神についての考えや想像は、いくら素晴らしいものであっても、神そのものではないことをはっきりと意識して、それに執着することなく、私たちの理解力も想像力も超える、無限の神に向かって歩むことができますように祈りましょう。

 

年間第16金曜日 (マタ13,18-23)

「良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。」マタ13,23

御言葉に忠実に生き、最も豊かな実を結んだ聖母マリアは、神の言葉の意味を理解しなかったこともありましたので、「御言葉を聞いて悟る」こととは、イエスが語った言葉の意味を完全に理解するということではないのです。それは、マリアのように御言葉を自分の人生の中に受け入れ、理解したことを実行するように努力しながら、理解のできなかった神の言葉の働きをも承諾するということなのです。

神の言葉こそ、私たちを生かし、永遠の命に導くものであることを認め、全力を尽くして、御言葉に従い、協力することができますように祈りましょう。

信じる者の父である神よ、
あなたは聖ヨアキムと聖アンナによって、
救い主の母マリアを世に与えてくださいました。
聖人の祈りを聞き入れ、
あなたの民に約束された救いを
わたしたちのうちに現してください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。