復活節第7月曜日 (ヨハ16,29-33)

「だが、あなたがたが散らされて自分の家に帰ってしまい、わたしをひとりきりにする時が来る。いや、既に来ている。しかし、わたしはひとりではない。父が、共にいてくださるからだ。これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」ヨハ16,32-33

   私たちは、多くの場合、神の御臨在を感じなくなるときや、思い通りにならないときや苦しい目に逢うときに、神に見捨てられているとか、神に忘れられているとか、神が私たちを助けてくださらないなどのように感じて、不安になりがちなのではないかと思います。そして、そうなると神の導きに忠実に従うことができなくなるのです。イエスは、どんなときでも、父である神が一緒にいてくださり、必ず助けてくださると確信していたからこそ、与えられた使命を完全に果たすことができたのです。

私たちは、いつも一緒にいてくださると約束してくださったイエスに信頼して、どんな状態においても、イエスを頼りにして、イエスの勝利にあずかることができますように祈りましょう。

   
聖なる父よ、 
聖マルチェリノとペトロの殉教を記念するわたしたちが、 
その模範と祈りに支えられ、 
力強く信仰に生きることができますように。 
聖霊の交わりの中で、 
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、 
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
聖なる父よ、
聖霊をわたしたちの上に注いでください。
日々の生活の中で、
いつもみ旨を行うことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第6土曜日 (ヨハ16,23b-28)

「あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる。」ヨハ16,23-24

   イエスの名は、魔法の言葉ではありません。つまりイエスの名を唱えるだけで、すべての願いがかなえられるとか、欲しいものを何でも手に入れることができるわけではありません。イエスの名によって祈るとは、イエスが父である神と心を一つにして祈ったように、イエスと心を一つにして祈ることなのです。

私たちは、父である神が私たちのすべての真の必要性を満たしたいと望んでおられることをますます強く信じ、神に信頼することによって、神が私たちの中で、また、私たちを通してますます自由に働き、私たちに関するご自分の計画を実現することができますように祈りましょう。

いのちの源である神よ、
わたしたちがよい業に励み、
み旨を行うよう導いてください。
いつもよりよいものを目指して進み、
主の死と復活の神秘を生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第6金曜日 (ヨハ16,20-23a)

「ところで、今はあなたがたも、悲しんでいる。しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。」ヨハ16,22

成長するためには、慣れてきた考え方や生き方を手放す必要があります。また、場合によっては慣れてきた環境を離れる必要もあります。同時に、慣れていない考え方や生き方を身に着けたり、慣れていないところに進んで赴いたりする必要があります。ですから、成長には、必ず悲しみや不安などのような苦しみが伴うわけです。

私たちはイエスに信頼して、イエスの導きに従って、必要に応じて慣れてきた道を離れて、慣れていない道を歩むことによって、心の中で何よりも強く求めている目的に、到達することができますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、
御ひとり子の奉献によって約束された世界の救いを、
福音宣教を通して実現させてください。
キリストのことばを受け入れて、
すべての人が神の子どもとなりますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。