受難の水曜日 (マタ26,14-25)

「イエスはお答えになった。『わたしと一緒に手で鉢に食べ物を浸した者が、わたしを裏切る。人の子は、聖書に書いてあるとおりに、去って行く。だが、人の子を裏切るその者は不幸だ。生まれなかった方が、その者のためによかった。』」マタ26,23-24

人間は、愛に生きるために創造された存在ですので、愛に生きるときだけ人間らしい生活を送りますし、完全な愛が人間にとって最高の幸福なのです。この事実は、人間の心に深く刻まれているがゆえに、それをはっきりと意識しなくても、誰でも愛を求めて、それを絶えず探しているのです。けれども、愛を見つけても、それに忠実に生きる代わりに、イスカリオテのユダのようにそれを裏切り、自分の快楽や他の利益のためにこの愛を利用しようとしている人は、不幸ですし、回心しなければ、正にイエスが語っておられる通りに、「生まれなかった方が、その者のためによかった」ことになるのです。

私たちは、与えられている愛に忠実に生きることによって成長し、この愛を出会う人と分かち合うことができますように祈りましょう。

神よ、
あなたはわたしたちを悪の力から救い出すために、
独り子が十字架にかけられることをお望みになりました。
御子の復活の恵みにわたしたちをあずからせてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。

受難の火曜日 (ヨハ13,21-33.36-38)

「イエスはこう話し終えると、心を騒がせ、断言された。『はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。』」ヨハ13,21

十二人の弟子たちが元々イエスに従ったのは、自分の利益を求めたからです。その内十一人の弟子たちは、イエスを知れば知るほどイエスを深く愛するようになり、イエスに従う動機を変えて、イエスから与えられた使命を果たすことによって、想像した以上に豊かな人生を送ることができましたし、その生き方によって数え切れないほど多くの人の人生を、豊かなものにすることができたのです。けれども、自分の動機を変えられなかったイスカリオテのユダは、イエスを裏切って、イエスを殺そうとした人々の手に彼を引き渡しただけではなく、自分自身も滅ぼしてしまったのです。

私たちが、イエスに従う自分の動機を認識することができますように。そして、必要に応じてそれを正すことによって、神の子ども、イエスの弟子として、ますます誠実に生きることができますように祈りましょう。

全能、永遠の神よ、
主キリストの受難の神秘を記念するわたしたちが、
罪の赦しを受けることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。

受難の月曜日 (ヨハ12,1-11)

「イエスのためにそこで夕食が用意され、マルタは給仕をしていた。ラザロは、イエスと共に食事の席に着いた人々の中にいた。そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。」ヨハ 12,2

命をはじめ、すべてのものの与え主である神は、人間から何も必要とされておられませんが、ただ私たちの愛だけを求めておられるのです。

私たちは、ラザロ、マルタとマリアに倣って、イエスと共に食卓を囲み、イエスに奉仕し、私たちの最も大切なものをイエスにささげることによって、イエスに対する愛を表すことができますように。そして、ますます深い愛の交わりのうちに生きながら、日常生活において出会う人に神ご自身の愛を現すことによって、多くの人々を父である神のもとに導くことができますように祈りましょう。

全能の神よ、
弱さのうちに倒れてしまうわたしたちを顧み、
独り子の受難の力によって強め、
立ち上がらせてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。