四旬節第5木曜日 (ヨハ8,51-59)

「ユダヤ人たちは言った。『あなたが悪霊に取りつかれていることが、今はっきりした。アブラハムは死んだし、預言者たちも死んだ。ところが、あなたは、「わたしの言葉を守るなら、その人は決して死を味わうことがない」と言う。わたしたちの父アブラハムよりも、あなたは偉大なのか。彼は死んだではないか。預言者たちも死んだ。いったい、あなたは自分を何者だと思っているのか。』」ヨハ8,52-53

イエス・キリストは、偉大な人物であっただけではなく、また、偉大な預言者でもあっただけではなく、ご自分自身が宣言された通りに、神の御ひとり子で、人間になられた神ご自身でもあったと認めるときだけ、イエスが語った言葉、特にイエスを信じる人が「死んでも生きる」という言葉は、その人に大きな希望をもたらし、イエスと同じように愛に生きる力の源になるのです。

ますます多くの人々が、ご自分において神性と人間性を繋げておられるイエスを信じ、イエスの言葉にとどまることによってイエスと一つになることができますように。そして、イエスによって父である神と一つになって、三位一体の神の愛と命にあずかって永遠に生きることができますように祈りましょう。

いつくしみ深い神よ、
わたしたちの祈りに耳を傾け、
あなたに希望を置く者を守ってください。
罪から清められ、恵みのうちに歩み、
約束された国に入ることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。

四旬節第5水曜日 (ヨハ8,31-42)

「イエスはお答えになった。『はっきり言っておく。罪を犯す者はだれでも罪の奴隷である。奴隷は家にいつまでもいるわけにはいかないが、子はいつまでもいる。』」ヨハ 8,34-35

人間は、愛を実践することによって、その愛の対象となっている人格(ペルソナ)との絆を強めますが、罪を犯すことによって、その罪の対象となっているものとの絆をも強めるのです。但し、愛の絆を強めることによって人は、自分の心の望みに従うためにますます自由になりますが、罪の絆を強めることによってその自由を段々と失い、自分の心の望みに従うことができなくなっていくのです。

私たちは、イエスに対する愛に生きることによって、イエスとの絆をますます強めながら、罪を犯す機会を避けたり、誘惑を退けたりすることによって、今まで犯した罪によって生じた不健全な絆を少しずつ弱め、完全に無くすことができますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、
回心に励む者の心を清め、照らしてください。
いつも信頼を込めて祈り、
喜びのうちにあなたに仕えることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。

四旬節第5火曜日 (ヨハ8,21-30)

「イエスは言われた。『あなたたちは、人の子を上げたときに初めて、「わたしはある」ということ、また、わたしが、自分勝手には何もせず、ただ、父に教えられたとおりに話していることが分かるだろう。』」ヨハ 8,28

頑なな心の人々は、イエスの身分も、神の救いの計画も見分けることができなかったがゆえに、イエス・キリストを十字架に付けて殺してしまいました。けれども、全能の神はキリストの十字架によって、キリストの身分をさらに力強く表してくださったと同時に、罪を犯すことの愚かさと人間に対する変わることのないご自分の愛をも表してくださったのです。

ますます多くの人々が、十字架上のキリストの姿において、犯している自分の罪の最終的な結果と同時に、神の愛の偉大さを見出すことができますように。そして回心して、イエスを受け入れることによって罪の結果から救われて、イエスがおられるところに入り、イエスと救われたすべての人々と共に、永遠に生きることができますように祈りましょう。

救いの源である神よ、
あなたに仕える民を顧み、
いつくしみのうちに強めてください。
この恵みの時に、教会が新しい兄弟を迎え、
聖霊のうちに力強く成長することができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。