四旬節第1火曜日 (マタ6,7-15)

「だから、こう祈りなさい。『天におられるわたしたちの父よ、/御名が崇められますように。御国が来ますように。御心が行われますように、/天におけるように地の上にも。』」マタ6,9-10

「主の祈り」は、神の望み、つまり、父である神が人間に与えたいと望んでおられることと同時に、人間にとって最も必要なことを現しています。この祈りを唱える目的は、神の心を変えることではなく、自分の心を神の心に合わせることなのです。

私たちは、イエス・キリストが現してくださった神の望みに従って生きることによって、人生の目的である神との一致が実現されますように祈りましょう。

全能の神よ、
世を生きるあなたの家族を顧み、
節制に努めるわたしたちのうちに、
あなたを求める心を燃え立たせてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。

四旬節第1月曜日 (マタ25,31-46)

「王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。』」マタ25,34

永遠の命とは、愛によって三位一体の神と結ばれ、この愛が完成されることによって、神と、また、救われたすべての人々と一つになることです。ですからこの命にあずかるために、やはり愛が必要なのです。したがって、自分の心に全然愛のない人は、神とも、救われた人たちとも繋がることができず、永遠に無縁の人になっても不思議なことではないのです。

ますます多くの人々が心を開いて、父である神がいろいろな仕方で与えてくださる愛を受け入れて、この愛を実践することによってそれを育てることができますように祈りましょう。

救いの源である神よ、
罪深い民をあなたに立ち帰らせてください。
キリストの教えに導かれ、
受難節の業に励むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。

灰の式後の土曜日 (ルカ5,27-32)

「イエスは出て行って、レビという徴税人が収税所に座っているのを見て、『わたしに従いなさい』と言われた。彼は何もかも捨てて立ち上がり、イエスに従った。」ルカ5,27-28

イエスがご自分に従うように誰かに呼びかけるのは、この人が正しい人であるからとか、優れた人であるから、または、完全な人であるからではありません。イエスが人に呼びかける唯一の理由とは、イエスがこの人を愛しておられるということだけなのです。

私たちをご自分のもとに呼び寄せてくださったイエスに感謝しながら、私たちはレビのように愛をもってイエスの愛に応えることができますように。そして、イエスに従うことによって成長し、イエスのように神の心に適う人間になって、キリストの愛を他の人に伝えることができますように祈りましょう。

全能、永遠の神よ、
わたしたちの弱さを顧み、
あなたの力強い右の手を伸ばして
わたしたちをお守りください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。