年間第4水曜日 (マコ6,1-6)

「『この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。』このように、人々はイエスにつまずいた。」マコ6,3

ナザレの人々は、イエスが大工の息子であることにあまりにも慣れ過ぎましたので、イエスが優れた知恵と力を表しても、イエスが神に遣わされた方であるという事実を、自分のイメージに合わないものとして、受け入れることができなかっただけではなく、つまずいて、彼らのイエスとの関係は悪いものとなってしまったのです。

私たちの抱くイエスについての考え方や想像が、イエスご自身とは異なるものであることを常に意識して、この考えや想像が、いくら素晴らしいものであっても、また、いくら大きな力や喜びの源であっても、それに執着することなく、イエスについてより深い真理を受け入れ、イエスとの関係を更に深めるために、親しんできた考え方や想像を手放すことができますように祈りましょう。



	

年間第4火曜日 (マコ5,21-43)

「イエスがまだ話しておられるときに、会堂長の家から人々が来て言った。『お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わすには及ばないでしょう。』イエスはその話をそばで聞いて、『恐れることはない。ただ信じなさい』と会堂長に言われた。」マコ5,35-36

イエス・キリストは、あらゆる病気を癒したり、死んだ人をよみがえらせたりすることによって、真に命の主であることを示してくださったのです。

ますます多くの人々が、イエス・キリストの愛と力を信じて、この信仰と愛によってイエスと結ばれますように。そしてこの絆が段々と強くなることによって、ますます豊かに生き、永遠の命にあずかることができますように祈りましょう。

恵み豊かな神よ、
わたしたちの信仰、希望、愛を強めてください。
すべてに越えてあなたを愛し、
約束された永遠のいのちを受けることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

年間第4月曜日 (マコ5,1-20)

「この人は墓場を住まいとしており、もはやだれも、鎖を用いてさえつなぎとめておくことはできなかった。これまでにも度々足枷や鎖で縛られたが、鎖は引きちぎり足枷は砕いてしまい、だれも彼を縛っておくことはできなかったのである。彼は昼も夜も墓場や山で叫んだり、石で自分を打ちたたいたりしていた。」マコ5,3-5

人間は、全く価値のない物事に何らかの価値があると思ったり、実際に自分に害を与える物事が役に立っているとか、どうしても必要であると思ったりすることがあります。その時は、そんなつもりがなくても、何の価値もないものを大事にしたり、自分に害を与えるものを追求したりしているわけです。このような勘違いをしている人は、大切にしている物事の本当の価値や、価値の無さ、また、この物事から実際に受けている悪い影響に気付いて、価値のない物事や自分に害を与える物事を手放さない限り、自分に本当に必要な善を受け入れることができず、幸せに生きることもできないのです。

ますます多くの人々が、イエス・キリストの教えとイエス・キリストご自身を知ることによって、物事の実際の価値と役割をありのままに見ることができますように。そしていろいろな束縛から解放されて、真に価値のあるものを受け入れることと、正しい道を歩むこと、つまり、自分をも周りにいる人をも生かすような生き方をすることができますように祈りましょう。

すべての人の救いを望まれる神よ、
福者ユスト高山右近殉教者は、福音に忠実に従う道を選び、
すべての地位と名誉を捨て、
祖国から追放されて殉教を遂げました。
わたしたちも、その模範にならい、この世の力や誘惑に打ち勝ち、
決して揺らぐことのない信仰に生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、 わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
聖なる父よ、
あなたをいつも敬い、愛する心をお与えください。
あなたを愛して生きる者は見捨てられることがないからです。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。