12月23日 (ルカ1,57-66)

「父親は字を書く板を出させて、『この子の名はヨハネ』と書いたので、人々は皆驚いた。すると、たちまちザカリアは口が開き、舌がほどけ、神を賛美し始めた。」ルカ1,63-64

ザカリアは天使が伝えた神の約束を信じなくても、神は約束通りに、ザカリアに息子を与えてくださいました。集まった人々に逆らって、生まれた子に天使が命じた通りにヨハネという名前を付けると宣言したときに、ザカリアは信仰と従順を示したわけです。その結果として、ザカリアの口が再び利くようになって、前よりも力強く神を賛美し、神の素晴らしい働きを証言することができるようになったのです。

人間が神の言葉を信じなくても、それに従わなくても、神はご自分の救いの計画を必ず完成させてくださいますので、ますます多くの人が神の力強い働きを見出し、神を信頼するようになり、神ご自身を受け入れることによって、救いにあずかることができますように祈りましょう。

光の源である父よ、
御ひとり子の降誕の祝いを前にして祈ります。
おとめマリアによって人となり、
わたしたちのうちに住まわれたみことばが、
豊かないつくしみを注いでくださいますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

待降節第4主日B年 (ルカ1,26-38)

「マリアは言った。『わたしは主のはしためです。 お言葉どおり、この身に成りますように。』」ルカ1,38

待降節の最後の主日の第二朗読として、聖パウロのローマ人への手紙の最後の言葉が読まれます。パウロは、読者の心に信仰を起こすために、この手紙の中で福音、すなわち、神の秘められた計画を伝えたと書きました。

ローマ人への手紙の中にパウロは、幸せになろうとして人間的な知恵に頼る異邦人たちの姿と、律法にかなう自分の行いに頼るユダヤ人たちの姿を描いてから、両者の努力が無駄であると述べます。幸いに、人間にできないことが沢山あっても、「神にできないことは何一つありません」とパウロが断言しています。

パウロが伝えた福音とは、神がイエス・キリストにおいて、預言者たちを通して与えてくださったすべての約束を成就し、すべての人々のための救いのわざを成し遂げてくださったということなのです。神は、人間の最高の幸福となるこの救いを、すべての人に与えたいと望んでおられるので、今パウロの言葉によって、この賜物を受けるようにと呼びかけておられるのです。救いにあずかるためには、この呼びかけに応えて、神の賜物を受け入れる必要があります。それは実際に、自分自身の力だけで自己を救おうとする無駄な努力をあきらめて、神の導きに従って生きることを意味します。それは、人間が神を信じているとき、つまり自分や他の人よりも、神を信頼しているときだけに可能なことなのです。

イエスの母となったマリアは、そのような信仰に基づく生き方の最も完全な模範を示しています。マリアは自分の理性や善行よりも、神の知恵と神のいつくしみ深い愛に頼って生きていました。マリアのように、私たちが心を開いて、聖霊を受けるとともに神の愛と神の命を受け入れるならば、私たちは大きな喜びと平和に満たされるだけではなく、神が私たちの中で、また、私たちを通して偉大なわざを成し遂げ、多くの人を生かしてくださるに違いないのです。

恵み豊かな父よ、
わたしたもの心にいつくしみを注いでください。
みことばが人となられたことを信仰によって知ったわたしたちが、
御子の苦しみと死を通して
復活の栄光にあずかることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

12月22日 (ルカ1,46-56)

「そこで、マリアは言った。『わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。』」ルカ1,46

聖母マリアが語った言葉が表している通りに、神のいつくしみ深い愛を知って、自分の人生を神に委ねた人は、日常生活において神の素晴らしい働きを見出すことができるようになります。ですから、この人はどんな状況においても、大きな喜びと平和だけではなく、神に対する感謝、愛と賛美に満たされるのです。

私たちは、聖母マリアのように、いつくしみ深い父である神にすべてを委ねることができますように。そして、大きな喜びに満たされて、言葉だけではなく自分の生き方によっても、神をほめたたえることができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
あなたは御ひとり子を送り、
罪のため、死に定められた人間を救ってくださいました。
人となられた御子を信じるわたしたちが、
救い主のいのちにともにあずかることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。