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第十四講話 神の子イエス・キリスト
年間第29主日C年 (ルカ18,1-8)
「イエスは、気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために、弟子たちにたとえを話された。」ルカ18,1
主イエスが教えてくださった通り、父である神は私たちが願う前から、私たちに必要なものをご存じです(マタ 6,5-8)。そして、父は「悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる」(マタ5,45)、つまり、どんな人にも、言ってみれば、祈る人にも、祈らない人にも、必要なものを与えてくださいます。それなら、私たちはなぜ祈らなければならない、しかも「気を落とさずに絶えず祈らなければならない」(ルカ18,1)のでしょうか。
多くの場合、私たちが神に何かを願い求めても、使徒ヤコブとヨハネのように、「自分が何を願っているか、分かっていない」(マタ20,22)上に、「自分の楽しみのために使おうと、間違った動機で願い求めるから」(ヤコ4,2-3)、願い求めているものを与えられないのです。
イエスの祈り方を見ると、祈りとは、無から宇宙を造ることのできる全能の神でありながら、すべての人々を愛し、すべての人のために善のみを求めておられるアッバと、つまりいつくしみ深い父と対話することなのです。祈りの目的は、神から何かをいただくことよりも、神との完全な一致を目指して、神との交わりを深めることなのです。
私たちは、イエスのように父である神に信頼を寄せて、開かれた心を持ってこの対話に取り組むならば、自分自身に対する神の愛をますます強く自覚できるだけではなく、自分自身の心の叫び、自分自身の最も深い望み、つまり自分に本当に必要なものを知るようになります。さらに、自分の最も深い望みは、自分に関する神の望みと同じものであるということが分かれば、神との対話の中で、自分の恐れや欲望や願いをありのまま表した後に、「しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」(マコ14,36)というイエスの祈りの言葉を付け加えるようになり、神が与えてくださる賜物を受け、神の導きに従うことができます。結果的に、私たちの祈りがいつも適えられるようになりますし、私たちの神との交わりが深まるのです。
喜びの源である父よ、 あなたに感謝をささげるために、 わたしたちはここに集まっています。 キリストの復活を信じるわたしたちが、 日々の仕事を通して神の国のあかしとなることができますように。 聖霊の交わりの中で、 あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、 わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
