年間第21主日C年 (ルカ13,22-30)

「『主よ、救われる者は少ないのでしょうか』と言う人がいた。イエスは一同に言われた。『狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。』」ルカ13,23

父である神は、ご自分が創造されたすべての人々の救いを求めておられます。救いとは、三位一体の神の愛の交わりにあずかることですので、救われるためには、神の愛と共に神ご自身を受け入れることと同時に、自分の愛と共に自分自身を神にささげること以外には方法がないのです。それは非常に難しいこと、もしかして全く不可能であると思われるかもしれませんが、人間の力だけでは無理なことであっても、神の働きによって可能なものになっているのです。

人間が救われるために、神はまず、人間に自由意志と共に、愛する能力を与えてくださいました。それから、人間のために命に満ちた素晴らしい生活の場を造って、人間に対する愛を表し、人間をご自分との愛の交わりへと招いてくださったのです。人間はこの招きを拒否して、神が示してくださった道とは別の道を歩むことによって幸福を得ようとするようになっても、神は人間に対するご自分の愛とこの愛に基づく望みを諦めずに、人間の救いのために働き続けられたのです。

神の愛の最も完全な表現と最も力強い招きとは、イエス・キリストの生涯、特にイエスの受難と十字架上の死、また復活ですが、神は今日に至るまで無限の方法を以て、一人ひとりにご自分の愛を表し、愛の交わりへと招いておられるのです。人間は知的に神を知らずに、それを意識しなくても、真の愛に生きることによって、実際に神の招きに応えているし、永遠の救いに向かって歩んでいるのです。

殆どの人々が、自分と自分が属しているグループのことだけを考え、自分の楽しみ、自分の快楽や満足のみを求めている現代、つまり利己心が一番高く評価されている現代に生きる私たちにとって、愛に生きることは非常に難しいのです。なぜなら、愛に生きること、つまり自分のためではなく、他人のために生きることは、自分の楽しみ、自分の快楽や満足、一言で言えば自分の幸福を犠牲にすることであって、現代人の価値観では、一番愚かな生き方として考えられているからです。

愛に生きるために、傷つけられているがゆえに自己防衛的になっている自分の本性だけではなく、現代の価値観や一番強い流行に逆らう必要があっても、ますます多くの人々が、ご自分の復活によってイエス・キリストが表してくださった愛の力を信じて、神の望みと同時に、自分自身の心の最も深い望みに沿って愛に生き、神の招きに応えることができますように祈りましょう。

永遠の父よ、
約束された聖霊を待ち望むわたしたちの祈りを
聞き入れてください。
移り変わる世界の中にあって、
わたしたちが心を一つにして愛のおきてを守り、
いつもまことの喜びに生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

キリスト教入門講座へのご招待

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初めまして。私は、カトリック教会の司祭、ボグスワフ・ノヴァクと言いますが、普段は、ボクダン神父と呼ばれています。

来日してから、もう30年以上経っていますが、まだ、たまに、「どうして、司祭になりましたか?」。「どうして、宣教師になりましたか?」と聞かれることがあります。

実は、このような質問に詳しく応えて、文書を書きました。この文章をホームページ(https://lumen-christi.com/taiken/)に投稿されていますので、興味のある方は、ご覧ください。

そこに書かれている内容を短くまとめてみると次のようになります。すなわち、17歳の時にイエス・キリストとの出会った体験をとおして、イエスの愛とイエスのすばらしさを知りました。その時から、できるだけ多くの人々に、イエスの愛とイエスのすばらしさを知らせたいという望みをもつようになりました。この望みは、次第に宣教師になるための、イエスの招きであるという確信をもつようになり、宣教修道会である神言会に入会しました。

この出会いから、もう既に40年近く経っていますが、イエスの愛とイエスのすばらしさを多くの人々に知らせたいという望みが消えていないだけではなく、段々と強くなっています。この望みが強くなっている理由が、少なくとも二つあると思います。

まず、一つは、イエス・キリストを段々と深く知っているからです。

もう一つは、非常に多くの人々は、イエス・キリストから離れていて、現代が与えているもので心の飢え渇きを満たそうとしている様子を見て、イエスのことを知らせることは、ますます必要であるという確信が強くなっているからです。

確かに、現在の世界は、人類の歴史になかったような、非常に多くの可能性を私たちに与えています。その中には、良いものが沢山ありますが、多くの人は、人生において何が大切か、幸せになるためには、何が必要であるかということが分かっていないために、間違った選択の結果、他の人や自分自身に害を与えたりします。物質的に豊かになっても、心の飢え渇きを満たすことができないだけではなく、段々と大きな欲求不満を抱いていますし、精神的に貧しくなっています。そして、幸せになる代わりに、むしろ不幸になっていっています。

イエス・キリストを信頼して、イエスに従う人は、この世が与えることのできない愛、平和と喜びに満たされるだけではなく、正しい価値観、選択の正しい基準も与えられますので、ますます複雑になっている現実においても、正しく、力強く生きることができます。

言い換えれば、イエスを知るようになって、信仰と愛の絆によってイエスと結ばれる人は、どんな状況においても幸せに生きることができますし、この世が与える可能性を生かして、人間として、成長することがでるということです。

最後に、もう一つ大事なことを言わなければならないと思います。イエス・キリストを知ることは、知識の問題だけではありません。必要なのは、本人と直接に出会うことです。実際にこの出会いは決定的なもので、勉強は、準備の段階にすぎないのです。ですから、イエス・キリストとその教えについて学ぶと同時に、祈ることがどうしても必要なのです。

この入門講座を、「ステップバイステップ」と名付けましたけれども、それは、イエスのこと、また、イエスの教えを少しずつ紹介したいと思っているからです。できるだけ、一つの講話を15分ほどの長さにして、本当に一歩ずつ、ステップバイスッテプで進みたいと思います。

これから、イエス・キリストを紹介するために、自分にできることをしていきますけれども、皆さんが心を開いて、聖霊に照らされて、イエスのことを知るようになるだけではなく、イエスを愛するようになるようお祈りします。どうぞよろしくお願いします。