年間第2主日C年  (ヨハ2,1-11)

「母(マリア)は召し使いたちに、『この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください』と言った。」ヨハ2,5

愛の契約を結ぶことによってイスラエルは神の民となって、神はイスラエルの神となりました。そのときから、イスラエルと神の関係は、花嫁と花婿の関係に譬えられて、婚礼は、神とイスラエルが結ばれた契約の象徴となったのです。

残念ながら、イスラエルは神と結んだ契約に忠実ではありませんでした。神の愛を裏切ったイスラエルについて預言者ホセアは、「この国は主から離れ、淫行にふけっている」(ホセ1,2)と語ります。また、イエスは、「この民は口先ではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている」(マタ15,7-9)という言葉をもってこの状況を表しました。カナの婚礼の時にぶどう酒がなくなったために、結婚したばかりの新郎と新婦の関係は大きな危険に直面したのです。ぶどう酒がなくなったことと、その結果として生じた危機は、イスラエルが神を愛せなくなったがゆえに、イスラエルと神の関係が、完全な破壊に向かっていることを、象徴的に表しているのです。

イエスが、皆が今まで飲んだぶどう酒よりも美味しいぶどう酒、しかもそれを溢れるほど供給した場面を見た弟子たちは、そのしるしの意味をよく理解して、イエスの使命がはっきりと分かりました。要するに、イエスが約束されたメシアであり、イスラエルと神との関係に新しい命を吹き込むことによって、神との関係を回復させるために来られた方であるということです。

イエスは、カナの婚礼での最初のしるしによって表した通りに、ご自分の血を流すことによって新しい契約を結び、イスラエルだけではなく全人類に、神と今まで考えられなかったほど素晴らしい関係に生きる可能性を与えてくださいました。その意味で、イエスの時から、人間は愛によって神と結ばれて、神と親しい交わりに生きる、新しい時代が始まったわけです。

天地万物を治められる神よ、
あなたの民の祈りをいつくしみをもって聞き入れ、
世界に平和への道を示してください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、
支配しておられる御子、
わたしたちの主
イエス・キリストによって。アーメン。

主の洗礼C年 (ルカ3,15-16.21-22) 

「民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開け、聖霊が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降って来た。すると、『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた。」ルカ3,21-22

迷った羊が、自分の力だけでは羊飼いのもとにもどることができないように、罪を犯すことによって、つまり創造主である神が定めた道と違う道を歩むことによって、神から離れた人は、自分の力だけでは神のもとに戻ることができません。幸いに良い羊飼いが迷った羊を探しに出かけ、見つけてから群れに連れ戻すように、父である神は御ひとり子イエスにおいて私たちのところに来て、私たちを自分のもとに導いてくださいます。罪を犯したことのないイエスは、洗礼者ヨハネの周りに集まっていた罪人の真ん中に入って、彼らと同じ洗礼、つまり回心と償いの儀式である水の洗礼を受けることによって、このような神の救いの望みと救いのわざを現してくださるのです。

水の洗礼を受けた後に祈っていたイエスに向かって、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という言葉を語ることによって、神は救いというのがどういうものであるかということを、私たちに教えてくださいました。創造主である神が、すべての人のために求めておられる救いというのは、皆が罪を離れて神のもとに戻り、正しく生きるということだけではなく、皆がイエスのように、神の心に適う神の子どもになるということなのです。神の子どもであることは、誰も理解も想像もできないほど偉大な神秘でありますが、言葉で表現してみれば、それは神の命と神性、神の愛と至福に参与するということになります。

聖霊による洗礼を受けて、神の子どもになった私たちは、長子であり、私たちのお兄さんであるイエスのように、父である神が示してくださる道を歩み、神の子どもらしく生きることによって、ますますイエスご自身のように神の心に適う者となりますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
ヨルダン川で洗礼を受けられたイエスにあなたは聖霊を注ぎ、
愛する子であることを示してくださいました。
洗礼によって新たに生まれ、
あなたの子どもとされたわたしたちが、
いつもみ心に従うことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。