年間第18主日B年 (ヨハ6,24-35)

「イエスは言われた。『わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。』」ヨハ6,35

人間のあらゆる必要性が満たされているとき、人間は安定して幸福感を味わっています。けれども、必要性の中には簡単に満たされるようなものだけではなく、満たすためには一生懸命に働かなければならないようなものもあれば、いくら努力しても、自分だけでは満たすことのできないものもあります。

自分の必要性を簡単に満たすことができない人間は、安定感や幸福感を得るためにいろいろな工夫をします。その内、最も一般的と考えられている仕方とは、次のようなものです。簡単に満たせるような必要性を、機会がある度に必ず満たし、なかなか満たすことのできないような必要性は、意識しないように抑えるか、本当に必要なものがもたらすような感覚を与えるものとして代用品を用いて、必要性が満たされているかのように感じる状態にします。それは、たとえば空腹のときに、本当に必要な食事をする代わりに、一杯の水を飲むか、何の栄養もないものを食べることによって、空腹感をなくすことで、空腹感が表した必要性が満たされたかのように感じる状態にするようなものです。言うまでもなく、それによって安定感を得ても、それは本当の安定ではありません。幸福感を得ても、それは本当の幸福ではありません。そうする人は、自分を欺くだけではなく、インスタント食品ばかり食べている人のように自分に害を与えもします。そのことがすぐに分からなくても、何時か必ず分かるものなのです。

主イエスには、私たちのすべての必要性を満たす力があるし、この必要性を必ず満たしてくださると約束してくださいました。私たちは、イエスの力とイエスの忠実さを信頼して、自分で満たすことのできない心と魂の飢え渇きを隠すのではなく、それを主に委ね、イエスの導きに従うことによって、すべての必要性を満たしていただくように祈りたいと思います。

すべてを治められる神よ、
あなたに祈り求める民を顧み、
尽きることのないいつくしみを注いでください。
あなたの似姿に造られた人々が救いの恵みを受け、
新しいいのちのうちに歩むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第17週

 

29日(日) 年間第17主日

30日(月) 年間第17月曜日

(聖ペトロ・クリソロゴ司教教会博士)

31日(火) 年間第17火曜日

聖イグナチオ(ロヨラ)司祭 (記)

1日(水) 聖アルフォンソ(リゴリ)司教教会博士(記)

2日(木) 年間第17木曜日

(聖エウセビオ -ベルチェリ- 司教)、

(聖ペトロ・ユリアノ・エイマール司祭)

3日(金) 年間第17金曜日

4日(土) 年間第17土曜日

聖ヨハネ・マリア・ビアンネ司祭(記)

年間第17主日B年 (マコ6,1-15)

「イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。」ヨハ6,11

恐らく、イエスが五千人に食べ物を与えた「ガリラヤ湖の向こう岸」というのは、ベトサイダのことです。イエスがフィリポにパンを売っているところを教えてもらいたがったのは、フィリポがベトサイダの出身であったので、この地方を良く知っていたはずだと思ったからでしょう。けれども、フィリポは、素直にイエスのお願いを適える代わりに、そんな大勢の人々のために十分にパンを買うことができるかどうかということについて心配したのです。

確かにフィリポには、集まっていたすべての人々を食べさせることができませんでしたが、パンを売っているところを教えることなら、フィリポにもできることでした。イエスがフィリポに話かけられたのは、フィリポ一人にこの群衆を食べさせるための労を取らせようと思ったからではなく、ただそれに協力するチャンスを与えようとされたからです。けれども、フィリポは余計な心配をしたので、持っていた力さえもイエスに貸すことなく、協力するチャンスを無駄にしてしまったのです。

多くの人々の精神的な貧しさや物質的な貧しさを見たり、世界にある様々な苦しみや悪を見たりして、すべての人々を助けたいという気持ちがあっても、私たちには助けることは決してできないのです。けれども、イエスはフィリポに対して、すべての人々にパンを与えることを要求しなかったように、私たちに対して、この世のすべての問題を解決することや、すべての人を救うことを要求しません。これは唯一の救い主であるキリストにしかできないことなのです。イエスが私たちに求めておられるのは、救いの業に力ある限り協力することだけなのです。この願いに応えるために私たちは、五つのパンと二匹の魚を持っていた少年と同じように、素直にならなければならないでしょう。

信じる人の希望である神よ、
あなたを離れてはすべてがむなしく、
価値あるものはありません。
いつくしみを豊かに注ぎ、
わたしたちを導いてください。
過ぎ行くものを正しく用い、
永遠のものに心を向けることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。