10月8日 年間第27主日A年  (マタ21,33-43)

「ある家の主人がぶどう園を作り、垣を巡らし、その中に搾り場を掘り、見張りのやぐらを立て、これを農夫たちに貸して旅に出た。」マタ21,33

「ぶどう園と農夫」のたとえの家の主人が、自分のぶどう園を農夫に貸したので、農夫たちは安心して生活することができました。けれども、農夫たちは主人に感謝せず、契約に従わずに収穫の一部を主人に与えなかっただけではなく、主人の息子を殺して、借りていたぶどう園そのものを自分のものにしようとしました。このような振る舞いの結果として、収穫とぶどう園だけではなく、自分の命さえも失ったのです。

このたとえによってイエスは、イスラエル人の歴史と同時に、私たちの現実を描いています。私たちの命を始め、いろいろな能力と才能、また、私たちが生きているこの世界とその中にあるすべてのものは、神が創造して、私たち人間に与えてくださいました。神がそうなさったのは、私たちがそれらのものを神の望みに沿って用いることによって、永遠に残る実を結ぶことを求めておられるからです。この実というのは、私たち個人の完成と、神が創ってくださった世界の完成なのです。

残念ながら多くの人たちは、すべてを与えてくださった神に感謝して、神の望みに従って生きる代わりに、「ぶどう園と農夫」のたとえの農夫と同じように、自分がすべてのものの所有者であるかのように、神の望みを無視して、自分の野心や他の欲求や欲望をできる限り満たすために、いろいろなものを勝手に利用しています。そのような生き方は個人の滅びだけではなく、全世界の破壊にも繋がっているということが、はっきりと見えているのではないでしょうか。

このように生きている私たちは、まだ遅くない内に、自分の過ちとその結果に気づいて悔い改め、存在しているすべてのものの創造主であり、唯一の所有者である神の望みに従って生きるようになって、神が求めておられる実を結ぶことができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
あなたの恵みは限りなく、
人の思いをはるかに越えて世界の上に注がれます。
わたしたちを罪の重荷から解放し、
まことの自由に導いてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

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