年間第26土曜日 (ルカ10,17-24)

「そのとき、イエスは聖霊によって喜びにあふれて言われた。『天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心に適うことでした。』」ルカ10,21

神についての知識を得るためには、努力して神学を勉強するか、少なくとも聖書を勉強すれば十分でしょうが、神を本当に知るためには、つまり神との生きた関わりを持つためには、イエス・キリストの助け、イエス・キリストの仲介が必要なのです。

私たちが、自分の努力や理解力の限界を認めた上で、イエス・キリストご自身を頼りにして、イエスに心を開き、イエスとの関係を深めることによって、父である神とのますます深い交わりのうちに生きることができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
あなたの恵みは限りなく、
人の思いをはるかに超えて世界の上に注がれます。
わたしたちを罪の重荷から解放し、
まことの自由に導いてください。 
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

10月8日 年間第27主日A年  (マタ21,33-43)

「ある家の主人がぶどう園を作り、垣を巡らし、その中に搾り場を掘り、見張りのやぐらを立て、これを農夫たちに貸して旅に出た。」マタ21,33

「ぶどう園と農夫」のたとえの家の主人が、自分のぶどう園を農夫に貸したので、農夫たちは安心して生活することができました。けれども、農夫たちは主人に感謝せず、契約に従わずに収穫の一部を主人に与えなかっただけではなく、主人の息子を殺して、借りていたぶどう園そのものを自分のものにしようとしました。このような振る舞いの結果として、収穫とぶどう園だけではなく、自分の命さえも失ったのです。

このたとえによってイエスは、イスラエル人の歴史と同時に、私たちの現実を描いています。私たちの命を始め、いろいろな能力と才能、また、私たちが生きているこの世界とその中にあるすべてのものは、神が創造して、私たち人間に与えてくださいました。神がそうなさったのは、私たちがそれらのものを神の望みに沿って用いることによって、永遠に残る実を結ぶことを求めておられるからです。この実というのは、私たち個人の完成と、神が創ってくださった世界の完成なのです。

残念ながら多くの人たちは、すべてを与えてくださった神に感謝して、神の望みに従って生きる代わりに、「ぶどう園と農夫」のたとえの農夫と同じように、自分がすべてのものの所有者であるかのように、神の望みを無視して、自分の野心や他の欲求や欲望をできる限り満たすために、いろいろなものを勝手に利用しています。そのような生き方は個人の滅びだけではなく、全世界の破壊にも繋がっているということが、はっきりと見えているのではないでしょうか。

このように生きている私たちは、まだ遅くない内に、自分の過ちとその結果に気づいて悔い改め、存在しているすべてのものの創造主であり、唯一の所有者である神の望みに従って生きるようになって、神が求めておられる実を結ぶことができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
あなたの恵みは限りなく、
人の思いをはるかに越えて世界の上に注がれます。
わたしたちを罪の重荷から解放し、
まことの自由に導いてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第26金曜日 (ルカ10,13-16)

「あなたがたに耳を傾ける者は、わたしに耳を傾け、あなたがたを拒む者は、わたしを拒むのである。わたしを拒む者は、わたしを遣わされた方を拒むのである。」ルカ10,16

イエス・キリストは、ご自分の行いと言葉によって、神の国への招き、つまり神との愛の交わりへの招きを伝えてくださいました。キリストを受け入れ、この招きに応える人たちは、この地上においてだけではなく、死を超えて永遠に神との愛の交わりのうちに生きるようにもなるのです。

人間には、自由意志があるので、キリストを拒否し、この招きを無視することもできますが、それは神との関わりのないままに永遠に生きること、つまり永遠に続く不幸を選ぶことなのです。

現在も、いろいろな仕方によって伝えられているこの神の招きに、ますます多くの人が応えて、神の国が絶えず発展していきますように祈りましょう。

天地の造り主である神よ、
アシジの聖フランシスコは、
貧しさとへりくだりの生涯を通して
キリストの姿に似るものとなりました。
わたしたちも聖人の跡を歩んで御子に従い、
喜びのうちにあなたをたたえることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
いつくしみ深い父よ、
あなたはわたしたちを選び、光の子としてくださいました。
わたしたちが罪のやみに迷うことなく、
いつも真理の光のうちに歩むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。