四旬節第5水曜日 (ヨハ8,31-42)

「イエスはお答えになった。『はっきり言っておく。罪を犯す者はだれでも罪の奴隷である。奴隷は家にいつまでもいるわけにはいかないが、子はいつまでもいる。』」ヨハ 8,34-35

人間は、愛を実践することによって、その愛の対象となっている人格(ペルソナ)との絆を強めますが、罪を犯すことによって、その罪の対象となっているものとの絆をも強めるのです。但し、愛の絆を強めることによって人は、自分の心の望みに従うためにますます自由になりますが、罪の絆を強めることによってその自由を段々と失い、自分の心の望みに従うことができなくなっていくのです。

私たちは、イエスに対する愛に生きることによって、イエスとの絆をますます強めながら、罪を犯す機会を避けたり、誘惑を退けたりすることによって、今まで犯した罪によって生じた不健全な絆を少しずつ弱め、完全に無くすことができますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、
回心に励む者の心を清め、照らしてください。
いつも信頼を込めて祈り、
喜びのうちにあなたに仕えることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。

四旬節第5火曜日 (ヨハ8,21-30)

「イエスは言われた。『あなたたちは、人の子を上げたときに初めて、「わたしはある」ということ、また、わたしが、自分勝手には何もせず、ただ、父に教えられたとおりに話していることが分かるだろう。』」ヨハ 8,28

頑なな心の人々は、イエスの身分も、神の救いの計画も見分けることができなかったがゆえに、イエス・キリストを十字架に付けて殺してしまいました。けれども、全能の神はキリストの十字架によって、キリストの身分をさらに力強く表してくださったと同時に、罪を犯すことの愚かさと人間に対する変わることのないご自分の愛をも表してくださったのです。

ますます多くの人々が、十字架上のキリストの姿において、犯している自分の罪の最終的な結果と同時に、神の愛の偉大さを見出すことができますように。そして回心して、イエスを受け入れることによって罪の結果から救われて、イエスがおられるところに入り、イエスと救われたすべての人々と共に、永遠に生きることができますように祈りましょう。

救いの源である神よ、
あなたに仕える民を顧み、
いつくしみのうちに強めてください。
この恵みの時に、教会が新しい兄弟を迎え、
聖霊のうちに力強く成長することができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。

四旬節第4土曜日 (ヨハ7,40-53)

「この言葉を聞いて、群衆の中には、『この人は、本当にあの預言者だ』と言う者や、『この人はメシアだ』と言う者がいたが、このように言う者もいた。『メシアはガリラヤから出るだろうか。メシアはダビデの子孫で、ダビデのいた村ベツレヘムから出ると、聖書に書いてあるではないか。』」ヨハ7,40-42

イエスがガリラヤの出身であるからとか、祭司長たちやファリサイ派の人々の中にイエスを預言者やメシアとして認めている人がいないから、イエスを信じてはいけないと語った祭司長たちやファリサイ派の人々は、イエスが実際にナザレではなく、ベツレヘムで生まれたこと、議員の中にもイエスを信じている人がいたことを知りませんでした。けれども恐らく、この事実を知っていても、イエスを信じない別の理由を考え出したでしょう。実際に、彼らがイエスを認めたくなかったのは、彼らの心が閉ざされていて、自分たちの罪や生き方を正す必要性を認めることができなかったからです。

心を開いて、イエスを神が遣わしてくださったすべての人々の救い主として認め、罪から解放されて、愛に生きる人々がますます増えますように祈りましょう。

すべてを治められる神よ、
あなたの恵みがなければ、
だれもみこころに適うことができません。
いつくしみに依り頼むわたしたちを支え、
導いてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。