年間第21水曜日 (マタ23,27-32)

「律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。白く塗った墓に似ているからだ。外側は美しく見えるが、内側は死者の骨やあらゆる汚れで満ちている。」マタ23,27

主イエスによって偽善者と呼ばれていた、律法学者たちとファリサイ派の人々の一番大きな問題とは、他の人を騙して、自分たちが正しい人であると信じさせたことではなく、自分たち自身がその嘘を信じていたということなのです。なぜなら、現実にさからって自分が良い人で、正しい人であると確信を持っている人は、何の問題もないと思って安心して、誇りを持って生きているのでしょうが、心にある問題が無くならないだけではなく、段々と悪化していき、この人が自分の問題を認めて、それを解決しない限り、本当に良い人間、愛に生きる人間になる可能性はないからです。

私たちは、律法学者たちやファリサイ派の人々と違って、自分の善行に頼るのではなく、神のいつくしみ深い愛に頼ることによって、安心して自分の問題を認めることができますように。そして、神の力に助けられて、この問題を解決することによって成長し、イエスのように愛に満たされた、神の心に適う人間になることができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
聖アウグスチヌスの精神を 
現代の教会によみがえらせてください。
英知の泉、愛の源を求めるわたしたちが、
あなたのうちにいこいを見いだすことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第21月曜日 (マタ23,13-22)

「律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。人々の前で天の国を閉ざすからだ。自分が入らないばかりか、入ろうとする人をも入らせない。」マタ23,13

律法学者たちやファリサイ派の人々のように、自分が正しい人間だと思い込んでいる人は、ある程度まで、安心感や満足感を味わうことができますが、それは表面的なもので壊れやすいものですので、それを強めるために、この人は、自分と同じような行動をしない人を批判したり、責めたりするのです。

私たちは、自分たちの「正しさ」を頼りにしたり、基準にしたりするのではなく、自分自身の足りないところを意識しながら、父である神のいつくしみ深い愛を頼りにし、神の心に従って生きたイエス・キリストを基準にして、常に自分の心をイエスの心に合わせ、また、自分の思いと行いを、イエスの思いと行いに合わせて生きることができますように祈りましょう。

恵み豊かな神よ、
わたしたちの信仰、希望、愛を強めてください。
すべてに越えてあなたを愛し、
約束された永遠のいのちを受けることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第20土曜日 (マタ23,1-12)

「律法学者たちやファリサイ派の人々は、モーセの座に着いている。だから、彼らが言うことは、すべて行い、また守りなさい。しかし、彼らの行いは、倣ってはならない。言うだけで、実行しないからである。」マタ23,2-3

律法学者やファリサイ派の人々は、神から与えられた力をただ自分の利益のためにだけ用いましたので、表面的には神に仕えるように見えても、実際には、彼らの心が神から遠く離れていたのです。

私たちは、イエスの教えと模範にしたがって、持っている力を自分の利益のためだけではなく、他の人を助けるためにも用いることによって、神との絆、また、他の人との絆がますます強められますように祈りましょう。