年間第19木曜日 (マタ18,21-19,1)

「わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。」マタ18,33

父である神に罪をゆるしていただくとは、神との親しい交わりに受け入れられて、神と和解し、再び神との正しい関係に生きるようになるということですので、私たちは、神のゆるしを本当に受けたかどうかということを、他の人に対する、特に自分に対して悪いことをした人に対する、自分の態度を見ることによって確認することができるのです。

私たちは、罪を犯すことがあっても、いつも心を開き、神のゆるしを受けることによって、常に神との正しい関係に生き、他の人をゆるすことをはじめ、愛の実践を行うことができますように祈りましょう。

 

8月16日 年間第19水曜日 (マタ18,15-20)

「それでも聞き入れなければ、教会に申し出なさい。教会の言うことも聞き入れないなら、その人を異邦人か徴税人と同様に見なしなさい。」マタ18,17

罪を犯すことによって神との正しい関係を失ったすべての人々と和解するために、神はイエス・キリストにおいて人となって、人間に近づき、さらにご自分の命をささげることによって、すべての罪をあがなってくださいました。それにもかかわらず、まだまだ多くの人々が神との和解を拒否しているのです。もし、神ご自身の和解のための働きと和解への呼びかけを無視する人がいるならば、なおさら私たちの和解のための働きと和解への招きを無視する人がいても不思議ではないでしょう。けれども、私たちのゆるしと和解のための働きが加害者によって無駄にされたとしても、それは必ず私たち自身の心のいやしと愛における成長を促進しますので、決して無駄な努力ではないのです。

イエス・キリストがもたらしてくださった、神ご自身のいつくしみ深い愛に強められて、他の人のあらゆるとがをゆるし、和解のために全力を尽くすことができますように祈りましょう。

 

年間第19月曜日 (マタ17,22-27)

「一行がガリラヤに集まったとき、イエスは言われた。『人の子は人々の手に引き渡されようとしている。そして殺されるが、三日目に復活する。』弟子たちは非常に悲しんだ。」マタ17,22-23

父である神は、命を与えてくださる方であり、生きているすべてのものを支え、生きるために必要なものを与えてくださる方であります。イエス・キリストが示してくださったように、神の子どもとして生きるというのは、特別扱いされるのを期待することなく、全力を尽くして、必要に応じて自分の命をかけて、神の働きに参加することなのです。

洗礼を受けて神の子どもとなった私たちは、御ひとり子であるイエス・キリストに倣って、持っているものや才能をはじめ、自分の人生全体を、父である神の働きに協力するために用いることができますように祈りましょう。

わたしたちの神である父よ、
心を尽くしてあなたに仕え、
すべての人を愛する恵みをお与えください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。