年間第18土曜日 (マタ17,14-20)

「イエスは言われた。『信仰が薄いからだ。はっきり言っておく。もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、『ここから、あそこに移れ』と命じても、そのとおりになる。あなたがたにできないことは何もない。』」マタ17,20

神が存在しておられるという確信を持つ意味での信仰は、いくら強くても、あまり力にはなりませんが、全能の神が私を愛しておられるがゆえに私の味方であり、いつも共にいてくださって、あらゆる悪から私を守ってくださるという確信を持つ意味での信仰は、小さくても大きな力になるのです。

私たちはいつくしみ深い父である神に信頼して、どんな状況においても、どんなに大きな妨げに逢っても、安心して、神が示してくださる道を歩むことができますように祈りましょう。

いつくしみ深い神よ、
聖クララは、主・キリストに従い、
貧しいものとなりました。
聖女の取り次ぎに支えられて、
わたしたちも貧しさを愛し、
あなたの国の喜びにあずかることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第18金曜日 (マタ16,24-28)

「それから、弟子たちに言われた。『わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る。』」マタ16,24-25

人間は、愛に生きるときだけ、人間らしく生き、成長し、人生の完成、つまり永遠の命に向かって生きています。けれども、愛することは、イエスが示したとおりに、他者を生かし他者を高めるために、自分を奉献することでありますので、愛することは大きな喜びでありながらも、いろいろな犠牲を払い、十字架を背負うことでもあります。

すべての人々が、イエスに倣って愛に生きることができますように。そして、父である神がこの奉献を受け入れ、神の国が完成されますように祈りましょう。

聖なる父よ、
あなたは倒れていた世界を、
キリストの死によって、
新しいいのちに立ち上がらせてくださいました。
信じる者を罪の束縛から解放し、
終わりのない喜びを味わわせてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第18水曜日 (マタ15,21-28)

「そこで、イエスはお答えになった。『婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように。』そのとき、娘の病気はいやされた。」マタ15,28

神と契約を結ぶことによって神の民となったイスラエル人の殆どが、傲慢になって、他の国民より優れていると思い込み、イスラエル人でない人々を軽蔑し、差別していました。イエスは、「カナンの女」の立派な信仰を示すことによって、イスラエル人が軽蔑していた国民も、神に対して心を開き、神の働きを受け入れることができるだけではなく、イスラエル人よりも立派な信仰を持って、イスラエル人よりも神との親しい交わりを持つことができるということ、そして、他の人を差別する根拠がないことを教えたわけです。

私たちはイエスに倣って、誰一人をも軽蔑や差別をすることなく、逆に、出会うどの人をも高めることができますように祈りましょう。

恵み豊かな神よ、
わたしたちの信仰、希望、愛を強めてください。
すべてに越えてあなたを愛し、
約束された永遠のいのちを受けることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。