復活節第2土曜日 (ヨハ6,16-21)

 「(弟子たちは)二十五ないし三十スタディオンばかり漕ぎ出したころ、イエスが湖の上を歩いて舟に近づいて来られるのを見て、彼らは恐れた。イエスは言われた。『わたしだ。恐れることはない。』そこで、彼らはイエスを舟に迎え入れようとした。すると間もなく、舟は目指す地に着いた。」ヨハ6,19-21

  弟子たちは、自分の無力さとイエスの力を知って、イエスの力を頼りにしている時だけ、与えられた使命を果たすことができると分かっていても、イエスの姿が見えなくなったら、再び自分の力にだけ頼ることに戻ってしまいました。けれども、イエスが湖の上を歩いて、弟子たちの船に乗ってから、船はすぐに目的地に着いたという体験をとおして弟子たちが学んだのは、イエスの姿が見えなくても、イエスがいつも一緒にいてくださり、いつも支えてくださっているということでした。

私たちはどんなときも、イエスを自分の人生の船に迎え入れ、いつもイエスの力を頼りにすることによって、安心しながら人生の旅を進め、目的地に着くことができますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、
あなたは、ひとり子を通してわたしたちをあがない、
神の子どもとしてくださいました。
 あなたの愛を受けた民が御子キリストに従い、
まことの自由と喜びに導かれますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第2金曜日 (ヨハ6,1-15)

「イエスは目を上げ、大勢の群衆がご自分の方へ来るのを見て、フィリポに、『この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか』と言われたが、こう言ったのはフィリポを試みるためであって、ご自分では何をしようとしているか知っておられたのである。フィリポは、『めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう』と答えた。」ヨハ6,5-7

イエスが私たちに、私たちの力だけでは実現できないような使命を与えてくださるのは、決して私たちをいじめるためとか、私たちを辱めるためではありません。それは、私たちが自分の無力を認識した上で、自分勝手な行動をとるのではなく、イエスの力を頼りにし、イエスご自身の働きにあずかるようになるためなのです。

私たちは、与えられた使命をイエスの望みに合わせて果たすことによって、イエスの救いの働きにあずかり、イエスとの絆を強め、イエスとの完全な一致に近づくことができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
 あなたは、ひとり子の十字架の死によって、
わたしたちを悪の支配から救い出してくださいました。
キリストに従う者が、
復活の恵みにあずかることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第2木曜日 (ヨハ3,31-36)

「上から来られる方は、すべてのものの上におられる。地から出る者は地に属し、地に属する者として語る。天から来られる方は、すべてのものの上におられる。この方は、見たこと、聞いたことを証しされるが、だれもその証しを受け入れない。その証しを受け入れる者は、神が真実であることを確認したことになる。」ヨハ3,31-33

この地上の現実しか体験していない私たちにとって、天から来られて、神の言葉を語るイエスの教えを理解することは難しいでしょう。また、この地上に留まりながら、神の心に適う生き方、つまり、天上の生き方へのイエスの招きを受けイエスに従うことは、もっと難しいでしょう。けれども、それはたとえ難しくても、聖霊の働きによって可能であることを忘れてはいけないのです。

私たちは聖霊を信頼し、聖霊の働きを受け入れることによって、イエスの教えをますます深く理解することができますように。そして、この地上の生き方に執着している「古い人」を脱ぎ捨てながら、天上の生き方を求めている「新しい人」を身に付け、一層忠実にイエスに従って生きることができますように祈りましょう。

いつくしみ深い神よ、
復活節の典礼にあずかるわたしたちが、
その恵みを豊かに受け、
信仰の喜びに生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。