「(弟子たちは)二十五ないし三十スタディオンばかり漕ぎ出したころ、イエスが湖の上を歩いて舟に近づいて来られるのを見て、彼らは恐れた。イエスは言われた。『わたしだ。恐れることはない。』そこで、彼らはイエスを舟に迎え入れようとした。すると間もなく、舟は目指す地に着いた。」ヨハ6,19-21
弟子たちは、自分の無力さとイエスの力を知って、イエスの力を頼りにしている時だけ、与えられた使命を果たすことができると分かっていても、イエスの姿が見えなくなったら、再び自分の力にだけ頼ることに戻ってしまいました。けれども、イエスが湖の上を歩いて、弟子たちの船に乗ってから、船はすぐに目的地に着いたという体験をとおして弟子たちが学んだのは、イエスの姿が見えなくても、イエスがいつも一緒にいてくださり、いつも支えてくださっているということでした。
私たちはどんなときも、イエスを自分の人生の船に迎え入れ、いつもイエスの力を頼りにすることによって、安心しながら人生の旅を進め、目的地に着くことができますように祈りましょう。
いつくしみ深い父よ、 あなたは、ひとり子を通してわたしたちをあがない、 神の子どもとしてくださいました。 あなたの愛を受けた民が御子キリストに従い、 まことの自由と喜びに導かれますように。 聖霊の交わりの中で、 あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、 わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

「イエスは目を上げ、大勢の群衆がご自分の方へ来るのを見て、フィリポに、『この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか』と言われたが、こう言ったのはフィリポを試みるためであって、ご自分では何をしようとしているか知っておられたのである。フィリポは、『めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう』と答えた。」ヨハ6,5-7