8月6日 主の変容A年 (マタ17,1-9)

「ペトロがこう話しているうちに、光り輝く雲が彼らを覆った。すると、『これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け』という声が雲の中から聞こえた。」マタ17,5

神の愛する子であり、神の心に適う者であるイエス・キリストは、完全で、最も魅力的な人間なのです。ですから、イエスの本当の姿を見る人は、必ずイエスに憧れて、イエスを愛するようになり、いつまでもイエスと一緒にいたいと望むようになると言っても言い過ぎではないのです。

ますます多くの人がイエスを知り、イエスを愛するようになるために、すでにイエスを愛している私たちは、イエスと共に生き、イエスに忠実に従いながら、少しずつイエスのようになり、イエスの素晴らしさを示すことができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
御子キリストは栄光の姿のうちに現れ、
聖書のことばを通して、弟子たちに救いの神秘を説き、
神の子どもとなるすばらしさを示されました。
御ひとり子の声に従うわたしたちが、
キリストとともにあなたの国を継ぐものとなりますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

6月18日 キリストの聖体A年 (ヨハ6,51-58)

「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。」ヨハ6,56

神はイエス・キリストにおいて、ご自身を全ての人の手に渡してくださいました。それは一人ひとりの人が、イエス・キリストを受け入れることによって神を受け入れるためであり、イエス・キリストに自分自身をささげることによって、神に自分自身を与えるためなのです。このように、互いに与え合い、受け入れ合うことによって、人と神が結び付き、最終的に両者が一体となるためです。この一致こそが永遠の命であり、完全な幸福の状態なのです。

ミサの時、聖体拝領することによって、私たちはイエス・キリストを受け入れます。同時に、イエスに従いイエスに倣って生きることによって、自分自身をイエスにささげるという洗礼の約束を更新します。ミサの時に受け入れたイエス・キリストを、日常生活においてどのように扱っていますか。イエスが自分の生活の一番大事な方になって、生活の中心となっているのでしょうか。イエスに従い自分自身をイエスにささげるという約束を、どのように果たしていますか。

ミサに限らず日常生活の中でも続けられているイエス・キリストとの交わりによって、イエスへの愛が深まり、イエスとの一致が私たちの内で深まっていきますように祈りましょう。

恵み豊かな父よ、御子キリストは、
その死を記念するとうとい秘跡を教会に残してくださいました。
主のからだを受け、救いの力にあずかるわたしたちが、
主の死を告げ知らせることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

6月11日 三位一体の主日A年 (ヨハ3,16-18)

「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」ヨハ3,16

イエス・キリストが、私たちのためにご自分の命を与えてくださったことによって、完全な愛とは、愛する人のために自分自身の全てを奉献することであるということを、示してくださいました。

父と子と聖霊は、このような完全な愛を以て互いに愛し合っておられる、つまり互いに完全に与え合い、受け入れ合うがゆえに完全に一致しておられます。ですから、父と子と聖霊は異なるペルソナ(位格)であっても一体であり、唯一の神なのです。

父である神は、御ひとり子、それから聖霊をお与えになることによって、ご自分自身を私たちに与えてくださいました。この神ご自身の奉献によって、すべての人が三位一体の神との愛の交わりに招かれているということが分かります。実は私たちは、愛によって神と結ばれて、神と一つになるために創造されていますので、この目的に到達していない限り、私たちの心の望みは満たされないし、永遠に続く幸せを味わうこともできないのです。

人間は罪を犯したことによって神から離れて、神との交わりを失いましたので、神の招きに応えることができなくなりました。けれども、神の御ひとり子が人間になって、あがないのわざを実現してくださった結果、神と和解すること、最終的に神と一つになることが可能になったのです。

洗礼を受けることによって私たちは、聖霊とともに、父と御子を受け入れましたが、三位一体の神の愛の交わりに完全に参与し、神と一体になるためには、私たちが自分自身を神に奉献しなければなりません。キリストに従い、キリストのように隣人を愛するように努力することによって、すなわち自分のためではなく、他者のために生きるように努力することによって、私たちは少しずつ自分自身を三位一体の神にささげ、神との愛の交わりを深めるのです。

聖なる父よ、
あなたは、みことばと聖霊を世に遣わし、
神のいのちの神秘を示してくださいました。
唯一の神を礼拝するわたしたちが、
三位の栄光をたたえることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イェスーキリストによって。アーメン。