年間第23主日B年 (マコ7,31-37)

「『神は来て、あなたたちを救われる。』そのとき、見えない人の目が開き/聞こえない人の耳が開く。そのとき/歩けなかった人が鹿のように躍り上がる。口の利けなかった人が喜び歌う。」イザ35,4-6

誰かのことが好きになれば、この人を愛するようになったと考える人、要するに「好むこと」と「愛すること」が同じであると思う人が大勢いるようです。

考えてみれば、誰かのことが「好きだ」と言う時、私たちは自分の気持ちを表しているだけで、この人と一緒にいる時、喜びや安心感などのような益を得ていると言うだけではないでしょうか。その時私たちは、相手中心ではなく、自己中心に考え、相手の益ではなく、自分の益を基準にしています。そして、この関係を「愛」と名付けるならば、相手が変わるにつれ、または、自分の好みや欲求が変わるにつれ相手と一緒にいるのが楽しくなくなれば、つまり、この関係からもはや何の益も得られなくなれば、「愛が消えた」と言うでしょう。

本当の愛に生きたイエスが示した通り、愛するとは、相手に自分の欲求を満たしてもらったり、楽しませてもらったりすることではありません。必要に応じて自分の楽しみ、自分の都合や好みを犠牲にしながらも、相手の真の善のために全力を尽くして、相手がその能力を発揮し、より良い人間になるように、相手を守ったり、支えたりすることこそが真の愛なのです。

誰かのことが好きになるというのは、決して悪いことではありません。時にそれは本当の愛の始まりなのです。しかし、好きになったことによって相手と結ばれた関係が愛に成るために、自分が相手の好きなところ、つまり自分のために利用できそうなところに留まるのではなく、相手のことをますます深く、全面的に知るように努力しながら、相手の成長やいろいろな可能性の実現を求めて、自分のことよりも、相手の必要性や真の善を優先するように努める必要があります。相手も自分に対して同じ態度をとるようになるならば、その時初めて二人の関係が相互の愛になったと言えるのです。

聖なる父よ、
あなたはキリストによってわたしたちをあがない、
神の子どもとしてくださいます。
あなたの愛を受けた民を顧み、
御子を信じる人々に、
まことの自由と永遠の喜びをお与えください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第22主日B年 (マコ7,1-8; 14-15; 21-23)

「イエスは言われた。『あなたたちは神の掟を捨てて、人間の言い伝えを固く守っている。』」マコ7,6-8

「三つ子の魂百までも」と言われている通りに、私たちが子どもの時、特にまだ理性が働かなかった時の体験によって学んだことは、私たちの身に深く染み込んで、私たちの生き方に非常に大きな影響を与えています。ユダヤ人の歴史や教会の歴史が示している通りに、たとえ人間は個人として、または国民のような団体として、創造主である神が遣わした預言者や神の御ひとり子ご自身から正しい生き方を教えられても、注意を払いながら意識的に努力しなければ、自分の元々の考え方をこの新しい教えに合わせる代わりに、少しずつこの教えの方を自分の考え方に合わせてしまいます。同じような危険性が私たちにはないとまでは、言い切れないでしょう。

預言者やイエスが呼びかけている回心のことは、ギリシア語でメタノイアと言います。この言葉は、「考え方や物事の理解の仕方を変える」という意味です。そのようなメタノイアの結果、すなわち、心を入れ替えて、自分の考え方や物事の理解の仕方を、イエスの考え方や物事の理解の仕方に合わせた結果である生き方だけが、神の心に適う生き方であり、人間らしい生き方、つまり人生の最終的な目標に導くものなのです。

私たちが受け入れるイエスの言葉と愛が、私たちに喜びや平安を与えるのみならず、実際に私たちの考え方と価値観、また、私たちの話し方と振る舞い方をも変えますように祈りましょう。

年間第21主日B年  (ヨハ6,60-69)

「命を与えるのは“霊”である。肉は何の役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、命である。」ヨハ6,63

人間は、肉体的な存在であると同時に、霊的な存在でもあります。人間の肉体は、その霊魂の形になっていると言えるほど、体と魂は密接に結ばれています。元々の人間の美しさは、神に似せて創られた魂の美しさを表していたし、人間の内面的な調和、また、人間同士や人間と自然との間の調和は、人間の魂と神の霊との間の調和を表していました。

原罪は人間の霊魂を傷つけて、神との正しい関係を壊すと共に、その霊魂の美しさを滅ぼしました。今私たちが体験しているいろいろな弱さや病気、また、創造主である神の望みに逆らう欲望は、私たちの霊魂の状態を表しています。この欲望に従って生きる人は、ますます神から遠ざかり、その霊魂をもっと深く傷つけるし、内面的な不和や人間同士の争いなども引き起こします。

また、人間の体の死も、原罪の結果です。死ぬ時、人間の肉体と霊魂が完全に分かれるので、不滅な魂が存在し続けても、人間は人間として存在しなくなります。再び存在するようになるためには、体の復活とこの体と霊魂の新たな結合が必要です。

人間が信仰や愛によってキリストと結ばれ、キリストに心を開くならば、キリストはこの人の魂をご自分の霊で満たし、ご自分の魂の似姿に変えてくださいます。神の命に満たされ、神の子の魂のようになった霊魂は、元より美しくなります。このように魂を清めていただいた人だけが、「生命を受けるために」(ヨハ5,29)、つまり、神との愛の交わりに生きるために復活します。この人は、復活によって新たに創造された体を通してその新しい美しさを表し、神の栄光で輝きながら、いつまでも神を賛美するようになるのです。

永遠の父よ、
約束された聖霊を待ち望むわたしたちの祈りを
聞き入れてください。
移り変わる世界の中にあって、
わたしたちが心を一つにして愛のおきてを守り、
いつもまことの喜びに生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。